重厚長大から癒し系へ?
― ニューヨーカーの音楽嗜好に変化 ―
 
ニューヨーク には、ニューヨークタイムズ新聞社が持っているWQXRというクラシック音楽専門のFM局があります。ここでは、日に何回かのニュースと天気予報以外はほぼ24時間ぶっ通しでクラシック音楽ばかりを放送しており、会社や病院などでBGMとして流している所も沢山あります。勿論、我々も自宅のFMはもっぱらここの局に合わせてあるのですが、このWQXRが毎年年末に聴取者からアンケートを募り、その年のクラシック音楽人気投票を行っています。そのベスト40の結果が、大晦日から元旦にかけて「クラシカル・カウントダウン」と銘打って発表され、当然毎年大晦日から元旦にかけてはクラシック名曲オンパレードとなるわけですが、この「カウントダウン」で次の曲を予想しながらお正月の支度をする、というのがこのところのアイバ家の大晦日の定番となっています。クラシック曲の人気ランキングなんて毎年同じようなものではないかとお思いになるかも知れません。私も以前はそう思っており、ランキングなどさほど気にも留めずにただ聴いていました。ところがここ数年、少々興味を持ってランキングのデータを取るようになって比較してみるとなかなか面白いことがわかって来ました。
 

その前に、 ニューヨーカーは一体どんな曲が好きなのか、以下に今年のベスト10をご披露したいと思います。(スペースの関係上、40曲全曲は掲載できないため、もし興味のある方は個人的にメールでも下さい。)

1. ベートーベン 交響曲第9番二短調「合唱付き」
2. ベートーベン 交響曲第5番ハ短調「運命」
3. J.S.バッハ ブランデンブルグ協奏曲(全曲)
4. ドボルザーク 交響曲第9番ホ短調「新世界より」
5. ヴィヴァルディ 四季(全曲)
6. ベートーベン 交響曲第7番イ長調
7. ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調
8. プッチーニ オペラ「ラ・ボエーム」(抜粋)
9. ベートーベン 交響曲第6番へ長調「田園」
10. モーツァルト レクイエム


これをご覧 いただいただけでも、日本とアメリカの好みの違いというのが歴然ではないでしょうか。ベートーベンの「第9」、「運命」あたりはわかりますが、日本だったらきっとチャイコフスキーの「悲愴」(ちなみにNYでは今年は24位)とか、ベートーベンの「皇帝」(NYでは12位)、モーツァルトの「ジュピター」(同16位)あたりがもっと上位を占めるのではないかと思われます。その代わり、プッチーニのオペラなどはいくら有名でもベスト10に顔を出すことはまず考えられません。オペラではこの他にモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」が39位に登場していますが、アメリカにおけるオペラの人気は本当に根強いと思います。また、今年ベスト10からは惜しくもはずれましたが昨年第9位にランクされていたマーラーの交響曲第2番「復活」は第11位と相変わらず根強い人気で、これはアメリカ人のマーラー好きもあるかと思いますが、同時にユダヤ人の多いニューヨーク特有の傾向かなという気もします。(ちなみに同じくマーラーの第1番「巨人」は18位、「アダージョ」で有名な第5番は33位にランクされています。)
 

これまでに なかった傾向として面白かったのは、これまで第3位に君臨していたベートーベンの交響曲第7番がバッハの「ブランデンブルグ協奏曲」(昨年は6位、一昨年は10位)に取って代わり、ヴィヴァルディの「四季」にも抜かれて第6位にまで転落してしまったことです。例年第1位から3位まではベートーベンの交響曲で占められていたのに7番の交響曲が第6位で登場した時にはいささか驚きました。「エッ、じゃああとまだ出てないのは何?」とハラハラドキドキしながらラジオにかじりついてしまった元日でした。


バッハの作品 では「ブランデンブルグ」の他に、21位に「ゴールドベルグ変奏曲」(昨年39位、これがベスト40中唯一の独奏曲でした)、22位に「ロ短調ミサ」(同23位)と並んでいますが、ここ数年このバッハがランクをジワジワと上げて来ています。これは、おそらく2000年のバッハ・イヤー(没後250年)に集中的に取り上げられたことによる影響もあると思いますが、それを差し引いてみてもアメリカ人、特にニューヨーカーはかくもバッハが好きだったのかと驚くくらい、バッハの演奏会は盛況を極めています。バッハの他にもバロックの曲は、前述の「四季」、ヘンデルの「メサイア」といったところが必ず毎年ベスト40に顔を出していますが、今年は特にこうしたバロックがさらに上位に食い込んで来、その代わりといってはなんですが、交響曲や協奏曲などの大曲が軒並みランクを下げてきています。例えば、昨年38位に入っていたラフマニノフの交響曲第2番や40位のブラームスのヴァイオリン協奏曲などは今年のランキングから転落しています。一方で、昨年まではランクにも入っていなかったようなビゼーの「カルメン組曲」(今年28位)やホルストの「惑星」(同30位)、ラヴェルの「ボレロ」などの小曲もしくは組曲などの比較的構えずに聴くことのできるような曲が人気を得ているようです。こうしたことから見ても、ニューヨーカーの曲の好みが、重厚長大なオーケストラ曲から、比較的肩肘を張らずに聴くことのできる癒し系の音楽にと移り変わって来ているのではないか、という気がします。そして、その背景には、もしかしたらこれまでの「イケイケ」ムード一直線で突っ走ってきたアメリカ人の気分が、2001年のテロ事件あたりから少しずつ沈静化し、徐々に内省的になって来ているのではないだろうか、などといったことまで想像してしまいます。
 

今年の暮れ、 ニューヨーカーはどんな曲に人気投票するのでしょう。新しい年が明けたばかりでいささか気の早い話ではありますが、何となく今年一年の先行きの予想と共に気になるところではあります。

  2003年1月5日

アイバイクコ   


▲ページのトップ   ▲FROM NEW YORKのページに戻る

ホームに戻る