まぼろしの
「蒸しヒラメ」を求めて

 
  このところ 多忙にかまけてNY便りが滞りがちでしたが、今回は、久々に「食べ物」の話題です。そう、どんなに忙しかろうと、寒かろうと、決して食欲だけは衰えることを知らないアイバ家の面々(2名だけですが…)、美味しいもののためなら吹雪も寒風もついて出かけて行くのであります。というところで、本日は、「まぼろしの蒸しヒラメ」と涙の(?)再会を果たしたというご報告をしましょう。


時は今を 遡ること20ウン年前、ダンナが初めてニューヨークに着いた、まさにその晩に友達に連れてきてもらったというチャイナタウン、その中でも知る人ぞ知るというディープな(その割には皆知っているけれど?)店がそのレストランでした。チャイナタウンでも老舗の部類に入るその店自体は全然おしゃれでも何でもなく、汚いことこの上ないのですが、味は一級。初めて来てすっかり気に入ってしまったダンナは、以来チャイナタウンというと他の店にはほとんど行かず、誰かをお連れする時は必ずここと決めていたのでした。(このHPのお客さんで、心当たりのある方も何人かおられることと思います。)この店は、いつ行っても行列ができているほどの人気で、とにかく注文したら「早い」、そして、間違いなく「うまい」、おまけにお腹一杯食べても「エッ?」というくらい「安い」という三拍子揃った言うことのないレストランだったのです。
 

「だったのです」 と過去形になっている、ということは、つまりもうこの店は悲しいことにチャイナタウンからなくなってしまったということです。去年の7月にお客さんをお連れしてお腹一杯食事したのを最後に、何故かしばらく行く機会がなく、今年に入って久しぶりに足を運んだところ、通常の時間帯に閉まっていたためしなどないその店が、あろうことか「閉店」。それも、長いこと閉めたまま、といった雰囲気です。ショックのあまり、一瞬空腹も忘れしばし呆然と立ち尽くす私達。一旦は諦めて帰ろうとしたものの、これではいくらなんでも治まらない。もう一度引き返して、隣の雑貨屋の店先にボーッと佇んでいたチャイニーズのおやじに「隣の店どうしたのか知ってる?」と聞いてみました。「閉店」と一言にべもない返事。そんなもん、見りゃわかりますよ、実際閉まってるんだから。「一時的に?それとももうずーっと?」「アーン?」(おやじ、英語がほとんど判りません。)「どこかに引越したの?」「アーン?」「引越し、ムーブ。どこ?」「クイーンズ」「クイーンズのどこ、どこ?」(ちなみにアイバ家のあるのがクイーンズです。ここまで聞けば当然こちらも熱くなります。)「知らん」。ウーン、いいところまで聞き出したのに、クイーンズと一言にいってもマンハッタンよりはるかに広いのですぞ。さて、それからです、私の「追跡!チャイナタウン」が始まったのは。なにしろ、店がなくなってしまったとなると、むしょうに食べたくなるのが、この店のスペシャル「蒸しヒラメ」に「エノキと貝柱の炒め物」「クレソンの炒め物」「ミックスシーフードのかたやきそば」…。(ああ、もう想像しただけでよだれが出てしまいそうです。)もう、こうなったら、何が何でも探し出さねば、と執念(と食い意地)に燃えるアイバ家の面々。
 

ところが ここでハタと困ったのは、我々はこれまでこの店の名前の漢字で書かれた表記しか知らず、英語の表記が判らなかったことです。それが判らなければ、電話帳で調べようがありません。それらしき名前を探すのですが、クイーンズの電話帳には出ていません。それでなくても、ニューヨークにはチャイニーズレストランなんて星の数ほどありますから、もし、移転と共に名前も変えてしまったなんてことになったら、全くのお手上げです。次に調べたのがインターネット。考え付く限りのキーワードであれこれ辿るうちに一つ、あるタウン情報のような記事を見つけました。それは、「チャイナタウンのレストランで早朝に火事があった」というもので、ニュースというよりはコラムのようなもので、具体的な情報には欠けます。しかし、時期からいっても、顛末からいっても、ここに書かれているのがくだんのレストランのことであるのはほぼ間違いない。これを手がかりにさらに色々調べていくうち、遂に見つけたのです。どこか大学の掲示板サイトのようなところで、「チャイナタウンにあった行きつけのレストランが火事に遭ってなくなってしまった」という書き込みに対して誰かが「そのレストランならクイーンズのフラッシングに移ったよ」とレスをし、さらに「この前行ってみた。前より店ははるかにきれいになったけれど、メニューは前と同じだった。店の名前も変わっていない。」と報告しているではありませんか!「住所わかる?」「メインストリートの○○番。駅から北に2ブロック半」と詳細な情報まで!「やったーッ」って思いましたね。時期からみると、どうも去年の秋頃のことらしいです。知らなかったとはいえ、まさに灯台下暗しでした。


とまあ こうした経緯を辿ってようやく探し出したクイーンズの新装開店なった店に、先日行って参りました。はやる気持ちを抑えながら、寒風吹きすさぶ中、まるで待ち合わせの恋人に会いに行くような思いで(いや、あくまでも想像ですが…)、我が家から約30分もあれば着いてしまう地下鉄7番線の終点、フラッシング駅に降り立ったのです。フラッシングというのは、以前からチャイニーズを含むアジア系の多く住む地区で、10数年前までは日本人も数多く住んでいましたが、ここ数年というもの駅前はそれこそ第二のチャイナタウンとも言えるほどチャイニーズに席捲されてしまった感があります。レストランはもとより、大型のチャイニーズ・スーパーマーケット(ちなみに漢字で書くと「超級市場」となります。)から八百屋、魚屋、香港系、台湾系のベーカリー、銀行、宝石店、雑貨屋、電気屋…と行くたびに店が増え、その勢いは留まることを知りません。そんな中で、このレストランが新装開店した場所というのは、目抜き中の目抜き、それも我々がよく買出しに行く「香港超級市場」の道を隔てた斜め前、という便のよさです。それにしても、「香港超級市場」には何度か買い物に行っていたのに、どうしてこのレストランの新装開店にこれまで気がつかなかっただろうと、あらためて不思議に思ったほどです。
 

マンハッタン のチャイナタウンの店を知っている人には、これがおよそ同じ店とはにわかに信じられないくらい、広くて明るい店内に一歩足を踏み入れた途端、ちょっと嫌な予感がしました。前の店もいつも混んでいて入口には順番待ちの人が列を作っていたのですが、ここでもやはりかなりの人数の客が待っています。それもご丁寧に入口脇にはそうした人々のための待合室まであります。こういう場合は本当に運で、大人数だと大きなテーブルがあくまでいつまでも待たされても、かえって2人くらいだと、すっと割り込めてしまうこともあり、我々はその日もその「運」に期待して待っていたのです。ところが、待てど暮らせど我々の順番は回って来ません。考えてみると確かに日が悪かったかもしれません。この日はチャイニーズ・ニューイヤー、つまり旧正月の日であり、皆、家族総出でレストランに繰り出して食事をするという、もしかしたら一年中で最も混みあうのではと思われる日だったからです。「蒸しヒラメ」と「クレソンの炒め物」との再会しか考えずに家を出てしまった私は、この期に及んで初めて、よりにもよってこのような日に出かけていってしまったことを悔やんだのでした。周囲を見回すといずれも5〜10人といった家族連ればかり、それも、我々より明らかに後から来たと思われるグループがどんどん先に入って行き、少人数用のテーブルはなかなか空きません。しかし、だからといって40分以上も待って、ここで諦めるわけにはいきません。なにしろ、既に脳からの司令が行き渡って唾液と胃液は「蒸しヒラメ」と「クレソンの炒め物」のためにスタンバイしていますから、今さら、今日はやっぱりやめて家に帰って「湯豆腐」でも食べようなんてことになったら胃が怒るでしょう。もしかして、忘れられているんじゃないかと心配になってダンナは何回かレジのおじさんに聞きに行くのですが、その度に「アイバだろ、二人ね。もうちょっと待って。」と言われるばかり。今日は運に見放された、と諦めて待つこと1時間!やっとテーブルが一つ空いて、中に通されました。ああ、待ち望んだ「蒸しヒラメ」との再会を果たせる時がようやく訪れたのです。
 

席に着いて 渡されたメニューを見て、さらに驚きました。何と、チャイナタウンの店のメニューをそのまま使っているではありませんか。印刷された店の住所もそのままなら、メニューの中身も、当然値段までもそっくりそのままです。これには感動しました。というも、店が新装開店したり、事業を拡張したりすると、メニューも変わって値段も高くなり、おまけに味が落ちる、といったケースが多いからです。実は、その時まで我々はそれを最も心配していたのです。もし、不味くなっていたらどうしよう…。ところがメニューを見た瞬間、その不安は一掃されました。シェフも経営も変わっていなかったのです。もう、メニューを見るまでもなく、注文するものは決まっています。「蒸しヒラメ」と「クレソンの炒め物」と「エノキと貝柱の炒め物」(もっと人数が多ければこれに「かたやきそば」等が加わるところですが、二人だからこれはパス)、それに「青島ビール」です。料理を待つ間に遅番のウェイターが一人入って来ました。前の店からの顔なじみの古株のおっさんです。向こうも覚えていてくれて、懐かしさのあまり、「やっと、見つけたよー」と思わず握手で再会を喜び合いました。
 

ほどなくして 出来上がった料理が次々と運ばれて来ました。いやー、早い、早い。探し求めた「蒸しヒラメ」を一口、口に入れた途端広がった懐かしい味に言葉が出ません。舌も、喉も、胃も、それこそ身体中が狂気乱舞するような美味しさです。別に、何の変哲もないヒラメを丸ごと、酒としょうゆで蒸したものに、せん切りしょうがと白髪ねぎと香菜を乗せただけのシンプルな料理なのですが、これが甘味があって実においしい。聞くところによると、店によっては蒸し魚より揚げ魚を勧めようとするところがあるが、そういう時はたいてい魚があまり新鮮でない場合が多いのでやめた方がよいとのことです。本当に美味しい蒸し魚というのは、新鮮なものでないと出せないのだそうですが、この店に限って言えば、これまでハズれたためしがありません。自慢ではありませんが(と言いながら実は自慢していますが)、魚の食べ方については私にはちょっとした自信があり、私に丸ごとの魚を食べさせたら、猫が嘆く、というくらい皿がきれいになります。魚の一番美味しいのは頭と骨の回り、と固く信じている私は、外側の身の部分は他の人にお任せして、ひたすら皆さんが食べ残した骨をしゃぶらせていただくことにしていますので、私が食べた後は、我ながらほれぼれとしてしまうくらいきれいに骨だけが残っているという状態です。次に「クレソンの炒め物」。これは、日本からお客様が来ると必ず注文して、皆さんをびっくりさせるという料理です。そもそもクレソンを炒めて食べるということがまずないですし、そもそもクレソンといえばステーキの付け合せに1、2本飾りのようについているパセリの親戚くらいの認識しかないでしょうから、炒めてかさが減ってもなお大皿に山盛りになって出て来るというその存在感に皆さんまず圧倒されます。にんにくスライスと共に炒め合わせて、味付けも(多分)酒と塩とこしょうだけのごくごくシンプルなものですが、炒める時の火力が違うのでしょうか、家で試してみても、似たような味にはなるのですが、あれと同じようには決して仕上がりません。そして、もうひとつ、アイバ家のお気に入りが「エノキと貝柱の炒め物」です。安い店だと、貝柱がホンモノの帆立ではなく、帆立風かまぼこだったりすることがよくありますが、ここはホンモノ。身のぷっくりした帆立がたっぷり、野菜もたっぷりで、わずかにトロみもついているので、熱々です。待たされて目一杯お腹がすいていたこともあり、かなりの量があったと思うのですが、二人でペロッと平らげてしまいました。味はチャイナタウン時代と全く変わっていません。いや、むしろ前より美味しくなったかも知れないと思えるほどです。おまけに、我が家からははるかに近くなったし、言うことありません。
 

今度は 友達を何人か誘って大人数で来よう、そして、もっと色々なものを注文して食べよう、と思っています。これを読んだニューヨーク在住の方で、是非ご一緒にという方あれば、そして、これを読んで、ニューヨークに行って、この店に行きたい!と思った方がおられたら、メール下さい。皆でテーブルを囲みましょう。

  2003年2月16日

アイバイクコ   


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