日本では、依存性や濫用問題などから厳しい流通規制がとられているメチルフェニデートとモダフィニルですが、7日のNature 誌のオンライン版に、これらの薬は認知機能を強化する薬(cognitive-enhancing drugs)として、健康な人への使用も検討すべきであるとした論評(Commentary)が掲載され、波紋を呼んでいます。
Towards responsible use of cognitive-enhancing drugs by the healthy
(Nature doi:10.1038/456702a; Published online 7 December 2008)
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/456702a.html
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米国においても、ADHDなどの治療目的以外にこれらstimulants(中枢神経刺激剤)が使用されることは非合法ですが、2001年に米国の大学生約11,000人を対象に行われた調査によれば、6.9%の大学生が今までにstimulantsを医療目的以外に使ったことがあると答え、また過去1年間で4.1%(最も多いところで25%)、過去1ヶ月でも2.1%が使ったことがあると答えるなど、キャンパスでは密かにその使用が広がっているようです。
使用目的は、日本で濫用の原因ともなった気分を高める(get high)ためだけではなく、集中力の向上、認知機能のアップなど学習能力を高めるため目的で使用されることも少なくなく、キャンパス内での売買が行われるなど、学生などの間ではその効果に期待する向きが大きいようです。
今回の論評でも、「我々は脳機能を改善するこの新しい方法を歓迎すべきである」として、リスクとベネフィットをきちんと評価して、健康な人でも合法的に使用できるような枠組みをつくることを求めるとともに、今後必要となる研究テーマなどまでもが示されています。
平たく言えば、「コンサートでの緊張を和らげるために演奏家がβ遮断薬を使う」のと同じように、「外科医が手術に集中できる」「兵士が軍事行動のパフォーマンスを高める」など限定的にstimulantsをもっと有効に活用すべきではないかということです。
このことは、「ドーピングはスポーツの世界では許されないが、科学技術の発展など社会のためであれば許される」とも言い換えることができます。
しかし、限定的であったとしても、もしこんなことを認めてしまったら、おそらく学生だけではなく多くの社会人がstimulantsの力に頼ってしまうのではないでしょうか?
stimulantsの使用を奨励するともとれる今回の大胆な論評を記事にすることに躊躇しましたが、あくなき可能性を追求する科学と社会における「くすり」の役割は何なのかを考えさせられる題材として、紹介させて頂きました。
関連論文:
Non-medical use of prescription stimulants among US college students: prevalence and correlates from a national survey.
(Addiction. 2005 Jan;100(1):96-106.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15598197
Illicit use of specific prescription stimulants among college students: prevalence, motives, and routes of administration.
(Pharmacotherapy. 2006 Oct;26(10):1501-10.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16999660
参考:
Scientists: Drugs to boost brain power should be legal for wider use
(USA TODAY 2008.12.8 AP配信)
http://www.usatoday.com/news/health/2008-12-08-brain-drugs_N.htm
Brain-Enhancing Drugs Should Be Available for Healthy People
(eFluxMedia 2008.12.8)
Doping at work and in class? Why not?
(Scientific American Blog 2008.12.8)
2008年12月09日 21:13 投稿
関連記事がWIRED VISION に掲載されました。
「脳を増強する薬」合法化を主張する『Nature』論説
(WIRED VISION 2008年12月15日)
http://wiredvision.jp/news/200812/2008121523.html
記事下の方にある、関連記事も興味あるところです。 多くの知識人が科学者が使用しているという現実があるそうです。
下記の記事によれば、何と本気で「生活改善薬」としての開発が始まっているようです。しかもOTCとしての販売も想定されているようです。
‘Memory pill’ that could help with exam revision could be available soon
(Telegraph 2008.1.18)
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/howaboutthat/4283619/Memory-pill-that-could-help-with-exam-revision-could-be-available-soon.html
Memory pills to help you get ahead
(TimesOnline 2008.1.18)
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article5537346.ece
科学の発展というベネフィットに対し、人間へのリスクというのは小さいものなのでしょうか?
もし、こういったものが本当にOTCになったら、薬剤師に適切な供給が課せられることは言うまでもありません。