一部の大学と現場の都合で理想から遠のく長期実務実習

 既にご存じかもしれませんが、長期実務実習をめぐって気になる記事を紹介します。

 止まらない実習先囲い込み、関東ブロックでは 約6割に−調査で判明 日本病院薬剤師会
   (YAKU-JOB.COM ニュース10月8日 薬事日報配信)
      http://yaku-job.com/news/item_895.html

 記事にもありますが、薬学6年制教育における長期実務実習は、各地区の調整機構が学生を振り分けることが基本のはずなのですが、関東ブロックだけはなぜか多くの病院で、調整機構を介さずに大学との直接契約によって実習生を受け入れる予定なのだそうです。

 医学部を持つ大学や医科大学との提携が少なくないこと、病院における実務実習モデル・コアカリキュラムの内容を全て教えることのできる施設が限られるなどが背景にありそうですが、大学にしてみれば、より充実した内容を教えることのできる施設を自校の学生のために探すことは至極当然なことかもしれません。

 こういった問題は既に昨年から潜在化しており、下記の会議でも懸念が指摘されていました。(p13-14、p135)

第7回新薬剤師養成問題懇談会(2007年11月14日開催、日本薬学会HP)
   http://www.pharm.or.jp/kyoiku/sin6sya_191128.pdf

 しかし、これでは新設校には圧倒的に不利ですし、また調整機構の存在意義が問われます。薬事日報でも今回の動きを「将来、医療の現場で活躍し、患者の健康を守ることのできる薬剤師を育成するはずの実務実習が、大学や現場の様々な都合で、本来の目的が曲げられている」と厳しく批判しています。

長期実務実習どうなる?(薬事日報 無季言 10月17日)
  http://www.yakuji.co.jp/entry8274.html

 私が今回、このことをあえて取り上げたのは、上記記事にもあるように、このことが薬局実習にも広がりつつある点にあります。

 日薬では、2010年4月までに薬局における実務実習の受入体制を整備するという基本方針を基に、「受け入れ学生数は1薬局で2名」として、「指導薬剤師の養成」「受入薬局の整備」「調整システムの整備」という3つの重点施策を掲げて、全国偏りなく薬局実務実習が行われるよう体制づくりをすすめてきました。

 しかし、もし病院と同じように大学が薬局実習先の確保に走ってしまったら、今まで行われてきた受入体制づくりは根底から覆されることになります。

 問題はそれだけではありません。薬局実習では、病院実習とは異なり、支部などの地域が主体となって行う項目があります。休日急病診療所等の見学、防災センター等の見学、学校薬剤師業務に関するもの、薬と健康の週間等における医薬品の適正使用の啓発活動に関するものなどがこれにあたりますが、直接契約を行った薬局は自前でこれらを行うのでしょうか? この部分だけ調整機構を通してブロック(支部の薬剤師会)として受け入れた薬局と一緒にやるというのも考えられますが、感情論から言ってもかなり難しいことは容易に想像できます。

 また、直接契約を行う薬局は、チェーン店やOBが在籍する薬局に集中することも容易に想像できます。見ず知らずの薬局に学生を任せたくないという気持ちもわからないではありませんが、裏を返せば、調整機構(薬剤師会)が紹介する薬局は信頼できないとのレッテルを貼られているようなものです。

 さらには、うちは何店舗も薬局があるから、指導薬剤師がたくさんいて受入体制が整っているとして、日薬が決めた「受け入れ学生数は1薬局で2名」という取り決めすら反故にされる可能性があります。

 ここには当面の薬剤師不足を補いたい、優秀な学生を数多く確保したいという薬局側の事情、また将来薬剤師が過剰になった際の有力な就職先を確保したいという大学側の事情も見え隠れします。

 地方(の薬剤師会)の中には、将来の薬剤師のために一生懸命準備をすすめているところもあろうかと思いますが、もし、大学の都合で直接契約が広く行われてしまえば、首都圏など薬科大学が集中する地域に実習する学生が集中する一方、地方では学生がほとんど来ないということも出てくるかもしれません。もしそういった不満が出てきたとき、果たして誰がきちんと答えてくれるのでしょうか?

 全ての根源は、文科省が現場の薬剤師の実態を無視して薬科大学を次々と認可したことにあります。せめて文科省は、こういった混乱が起きないように、大学に対して適切な指導を行うべきではないでしょうか。  

 また今回の問題は、日薬はむしろ被害者なのかもしれませんが、実態調査をきちんとして公表することや、地域が主体となって行う項目にはきっぱりと協力できないなど、直接契約を行った大学に対しては毅然とした態度で臨むべきです。もし対応を誤れば、地方から信頼を失い、日薬離れが加速することは確実です。非常に憂慮します。

関連情報:
 薬学生新聞第11号
  http://www.yakuji.co.jp/contents/yakugakusei/2007/g000011_20071101_p02.pdf
 第8回新薬剤師養成問題懇談会(2008年6月25日開催、日本薬学会HP)
  http://www.pharm.or.jp/kyoiku/sin6sya_080707.pdf
 47万円?38万円?27万円?(m3.com pharmacist 11月20日)
  http://pcareer.m3.com/showConsultantMessageDetail3476.htm
 実務実習等で事業連携‐JACDSと保険薬局協会
   (薬事日報 HEADLINE NEWS 2007年3月1日)
  http://www.yakuji.co.jp/entry2376.html


2008年12月17日 18:26 投稿

コメントが3つあります

  1. アポネット 小嶋

    東京薬大、星薬大、昭和薬大、日大薬学部の4校は、実務実習を希望する学生のリストを調整機構に提出しなったそうです。下記記事にもあるように、この4校は直接契約で学生を実習させることにしたようです。

    薬学教育協議会・望月理事長、老舗4校の調整機構離脱に「モラル問われる」と批判
    (薬事日報 HEADLINE NEWS 2009年1月20日)
       http://www.yakuji.co.jp/entry8960.html

    私もこのうちの一校の卒業なので、残念でなりません。

    関連情報:調整機構脱退?4大学が独自に実習先を確保
            (薬局のオモテとウラ 2009年1月20日)
       http://blog.kumagaip.jp/article/25714007.html

  2. アポネット 小嶋

    今日、地元県で認定実務実習指導薬剤師養成講習会があり、やはりこの話題が出ました。東京薬科大、星薬科大は以前から調整機構を使うつもりがなく、日大と昭和薬科大は最近になって離脱を表明したようです。

    薬局実習受入人数集計の中間報告も示され、薬局での受入れ可能人数に対する大学のエントリー数(第一希望者数)の割合は首都圏4都県(東京・神奈川・千葉・埼玉)では55〜84%だったのに対し、北関東・甲信越各県では12〜44%に留まっているそうです。4大学の離脱が少なからず影響しているのではないかと思います。

    それと、日本保険薬局協会と日本チェーンドラッグストア協会も、調整機構を介した実習に参加することになったそうです。

    うがった見方ですが、この2組織がタッグを組むことで、日薬主導の受入れ体制に影響を及ぼすのではないかと思います。

    少なくとも、4大学はどのような形で直接契約をしている(もしかしたら、支部丸ごとっていうのもあるかもしれません)のか、契約条件などを公表すべきではないでしょうか。

  3. アポネット 小嶋

    21、22日の両日、都内で行われた日薬の臨時総会でこの問題がとりあげられたようです。

    現役薬剤師、真価問われる時代‐臨時総会で児玉会長が訴える「会員の職責全うを」
      (YAKU-JOB COM.薬剤師関連ニュース 2009年2月25日 薬事日報配信)
        http://yaku-job.com/news/item_980.html

    東京ブロックの石垣栄一が実務実習受け入れ薬局に、日本保険薬局協会や日本チェーンドラッグストア協会の薬局が急きょ含まれることになったことを取り上げ、「手を挙げていても学生が来ない状況もある中で、(非会員の薬局を)加える必要があるのか。大事なのは支部における会員の感情。非会員を追加して割り振りをしなさいとはいえない」と発言したそうです。

    これに対し、日薬児玉会長は、「指導薬剤師を養成するワークショップには、国から調整機構を介して補助金が出ている。税金を使っている以上、日薬・日病薬だけというわけにはいかない」と述べ、薬事日報紙は薬業現場と執行部との感覚的なずれが露呈したと伝えています。

    日本保険薬局協会や日本チェーンドラッグストア協会の薬局を加えること自体はかまわないとは思いますが、自分たちの都合で薬剤師会を脱会をしたり、入会しない薬局のために支部薬剤師会が配慮しろというなら、日薬はまずこういった薬局に改めて入会してもらうことが前提ではないでしょうか。