私たちは、何を目標に何を学んだらよいか?

 理想的な薬剤師活動を知り・学んだ6年制の教育を受けた学生に対し、現場の私たちがそれに応えるべく準備を行うことは、日常業務に追われる中でもすぐに対応すべき重要課題です。

 4年間の薬学しか学んでいない多くの現場の薬剤師にとっては、非常に悩ましい問題ですが、理想や期待を抱いて現場に出てくる彼らに失望を与えないためにも、日頃から自己研鑽を積み、それを日常の活動に活かしたり、実行に移していく必要があります。

 しかしながら、何を目標に何を具体的に学んでいくかは、今まではっきりと示されていなかったこともあり、新薬や疾患別薬物療法、保険調剤実務など、ともすると日頃の業務に直結する分野の講習会や研修会への参加にとどまっていなかったでしょうか?

 日薬(http://www.nichiyaku.or.jp/)ではこういった現状を鑑み、薬剤師に求められる役割や責務について再確認し、より実効性のある生涯学習制度を構築するため、薬剤師が目指すべき目標を明確に示した「薬剤師に求められるプロフェッショナルスタンダード」(以下PS)をこのほどまとめ、7日公表しています。(会員向けページ)

 このPSは、薬学教育モデル・コアカリキュラム(PDF:薬学会ウェブサイト)の「薬物治療」の項目と、実務実習モデル・コアカリキュラム(文部省HPに→リンク)のうち、調剤実務を除いた項目をまとめたものとなっていて、薬剤師が生涯に亘って学習すべき領域を5つの「領域」に分類、これに対応する16の「一般目標」を掲げ、具体的な381の「到達目標」を示しています。

 会員向けページに掲載されている内容ではありますが、会員・非会員問わず、全ての薬剤師が目指すべきものであり、PSの一部を下記に示したいと思います。(薬剤師の職能や可能性を一般の人にも広く知ってもらううえでも、オープンアクセスにすべきです)

領域 一般目標 到達目標(一部抜粋)
1.ヒューマニズム(倫理) 1.生命の尊厳を認識するために、医療人としての倫理観と責任感を身に付ける 「医療の担い手として、社会のニーズを把握できる」「救命救急に薬剤師が関わる意義を説明できる」「医療に関わる諸問題から、自らの仮題を見出し、それを解決する能力を醸成する」
2.患者中心の医療を実現するために、チーム医療の一員としての基本的な知識・技能・態度を修得する 「薬剤師の職能を認識し、必要に応じて他職種に助言などを求めるなどの処置ができる」「相手の立場、文化、習慣が異なることを理解し、コミュニケーションのあり方に配慮できる」
3.患者および家族の心情を理解するために、薬剤師が担う行為の重要性を認識する 「ターミナルケアにおける薬剤師の役割を実践できる」「患者やその家族のもつ価値観が多様であることを認識し、総合的に実践できる」
4.患者が自分の疾患に正面から向き合い、治療に積極的に取り組めるようサポートするための 知識・技能・態度を身に付ける 「病名を宣告された患者や家族の心理状態について配慮できる」「患者やその家族が持つ精神的な問題点を把握することができる」
2.医薬品の適正使用(安全性、経済性) 1.患者の利益を最大限に守るため、医薬品情報収集の手段を整備し信頼性の高い情報の収集・加工・活用の方法を身につける 「複数の学術資料を比較し、医薬品情報の信頼性や対立情報の有無を検証できる」「体系的に収集・整理した医薬品情報の提供を、他の医療スタッフに対し適切に行える」「直面する医薬品の調剤学的、製剤学的問題点について改善方法を提案できる」
2.患者の利益を最大限に守るため、医薬品適正使用に必要な学問的知識・技能・態度を身につける 「主な感染症の病態と原因を説明できる」「経腸栄養療法の管理と合併症について説明できる」「代表的な漢方方剤の構成とその作用を説明できる」
3.患者の利益を最大限守るために、重篤な副作用や相互作用について理解する 「不適切な処方について、適切な事例もしくは代替案を提案できる」「医薬品の有害作用について、患者の心情に配慮して説明できる」「医師に対し、予測される、もしくは生じている医薬品の有害作用を適切に説明できる」
3.地域住民の健康増進(薬物乱用防止、セルフメディケーション) 1.地域住民が健康的な日常生活を送るために、疾病とその予防に対する基本的な知識・技能・態度を身につける 「病気の予防について適切に助言できる」「顧客の要望を的確に把握し、必要とする情報を提供できる」「医師への受診勧奨を適切に行うことができる」
2.地域住民が健康的な日常生活を送るために、薬剤師としての地域保健活動を身につける 「地域で麻薬や覚醒剤などの薬物乱用防止のための活動ができる」「日用品に含まれる化学物質の危険性から回避するための方法を提案できる」「誤飲や誤食による中毒に対して適切に助言できる」
3.地域住民が健康的な日常生活を送るために、薬剤師として地域福祉に貢献するための知識・技能・態度を身につける 「住民の家庭環境を把握し、適切に行動できる」「居宅老人の介護状況を把握し、適切に対応できる」「保健福祉活動の中で他職種と連携できる」
4.災害緊急時に対応するために、薬剤師として必要な知識・技能・態度を身につける 「災害発生時に適切な初期行動をとることができる」「災害時に備えた適切な患者指導ができる」「災害・緊急時に医薬品の供給と管理について指導できる」
4.リスクマネジメント 1.国民に安心・安全な医療を提供するために、必要な医療安全対策の方法を身につける 「医療安全に関する重要な情報を収集できる」「医薬品がもつ危険性について、説明できる」「過去に起こった医療過誤(事故)事例について、内容を説明できる」
2.医療の安全性を高めるために、医療事故防止の対策を修得する 「医療過誤(事故)報告を分析し、その原因が解明できる」「具体的な医療過誤(事故)防止対策が提案できる」
3.国民に安心・安全な医療を提供するために、医療過誤(事故)発生時における、適切な対処方法を身につける 「医療過誤(事故)発見時に適切に患者対応できる」「メンタル面のフォローを含め医療過誤(事故)を起こした人に適切に対応できる」
4.医療の安全性をより高めるために、リスク管理を行う習慣を身につける 「現場に即した医療事故防止のための業務手順書を作成できる」
5.法律制度の遵守 薬剤師の社会的責務を果たすために、薬剤師を取り巻く法律・制度を理解する。 「社会保障制度・医療保険制度を説明できる」「介護保険法の重要項目について説明できる」

 日薬ではこのPSについて、「特定の領域に精通した薬剤師(いわゆる専門薬剤師)を養成するための指標ではなく、ジェネラリストとしての薬剤師が習得していなくてはならない基本的な領域について、個々が学んでゆくための指標」であるとして、まず自身に不足している項目は何かを知るよう求めています。あまりにも課題が多く、とても長い道のりとなりそうですが、がんばってみたいと思います。(研究会のテーマもこの到達目標を念頭にすすめていければと思っています)

 皆さんも、見て頂ければお気づきと思いますが、薬剤師が社会に期待され、目指すべきものは幅広く、開局であれば確実な調剤を行い、よい薬歴を書いて、必要な服薬指導さえ行えばよいというものではありません。しかしながら、実際はこれらの業務に追われている、充実させなければいけない(薬歴・服薬指導の充実=保険調剤収入)という現実があります。

 少なくとも、こういったさまざまな理想的な業務に専念・邁進できるような仕組みをあわせて検討すべきではないでしょうか。具体的には批判があるかと思いますが、欧米のように助手制度の導入(調剤から解放)、薬歴偏重の薬局業務の見直し(指導も含め)が必要だと考えます。皆さんのご意見をお待ちしています。

関連情報:TOPICS
  2008.09.08 薬剤師は、「薬剤師ならではの活動」に邁進すべきである
  2008.09.08 処方権の獲得より、薬剤師の職能を全うすることが重要
  2008.09.08 薬剤師は、多職種との協働を模索すべきである
  2009.01.01 新年雑感
  2008.10.25 病院薬局業務のあるべき姿(FIP)
  2008.06.06 行動計画2015(米国医療薬剤師会)
  2007.03.26 英国の薬剤師事情レポート(日本社会薬学会フォーラム)


2009年04月08日 01:36 投稿

コメントが3つあります

  1. ようやく ピルカウンターから医療者へ。
    医療者とは?という認識や知識、薬の管理者としてのプロ意識、全てに対しての感覚を磨くこと。
    つまり、受動的なピルカウンターでの業務に、能動的なファーマシスト的な意識を持つこと。
    もっと簡単に言えば 錠剤が処方せんどおりであるという確認で終わりにしないで、この処方意図は何か?と疑問を持つこと。患者の病態がどんなで 何が辛いのか?とか 何に問題があるのだろうか?とか 問題意識を広げること。
    これが、国家資格者に対する社会の期待とニーズだと自負すること。
    今までのままでは生産ラインのロボットに出来る作業しかやっていないという現実だと認識するべきと思います。(薬剤師不要論の根拠ですよね)
    知識を増やしても 医療者としての自覚が無ければ ほこりだらけの百科事典に過ぎない。
    目の前の薬と それを必要としている患者の生活に思いを感じなければ 医療者ではないから。
    30年前、アメリカでは パート労働に切り替えた薬剤師が増えました。学びなおすための時間を作るために。

  2. アポネット 小嶋

    >知識を増やしても 医療者としての自覚が無ければ
    >ほこりだらけの百科事典に過ぎない。
    >目の前の薬と それを必要としている患者の生活に思いを
    >感じなければ 医療者ではないから。

    今日、くすりや疾患に関する情報は今は書籍・WEBにあふれていますが、患者さんや消費者のニーズや私たちへの思いははさまざまであり、松本さんのおっしゃる通り、これらの知識だけでこれらに応えることは不十分となることは間違いありません。

    しかし、日常業務の忙しさの中で時間は限られており、今、一人ひとりの薬剤師が何を優先して学ぶべきなのかは非常に迷うところです。

    記事にあるように、(現場の)薬剤師は生涯学び続けることが求められているといっても過言ではありませんが、松本さんはまずどのようなことを優先的に学んだらよいとお考えでしょうか、具体的にご教示頂ければと思います。

  3. アポネット 小嶋

    日薬は16日に行われた定例記者会見で、2日付けで各都道府県薬剤師会会長に送られた通知文を基に、PSの取り組みを明らかにしています。

    20年度版「薬剤師に求められるプロフェッショナルスタンダード(PS)」の公表および活用について(定例記者会見4月16日 資料1)
     http://www.nichiyaku.or.jp/contents/kaiken/pdf/h20_ps.pdf

    日薬では、各都道府県薬で研修会を行う場合はPSの5領域に偏りないよう企画実施するよう求めています。