イレッサ訴訟を考える

 現在、くすりに関するホットな問題として、イレッサ訴訟があります。まだまだ理解不足でありコメントを出せるほどではありませんが、考えさせられることが少なくなく、私たちが知っておくべき問題として、情報を整理したいと思います。

 イレッサ(成分名:ゲフィチニブ)は皆さんもご存じのように、アストラゼネカ株式会社が2002年1月25日に承認申請を行い、わずか半年後の同年7月5日にスピード承認を受けた非小細胞肺癌(手術不能又は再発例)の分子標的薬です。

 イレッサの承認情報(PMDA ウフェブサイト) 審査報告書→リンク 申請資料概要→リンク
   添付文書→PMDAリンク 患者向け医薬品ガイド→PMDAリンク くすりのしおり→リンク

 今回の裁判は、承認後に使用した患者の中から多くの間質性肺炎による死亡者(承認から半年で180人、2年半で557人)が出たことから、作用機序から予測される危険性を無視し動物実験データや市販後臨床試験の有害事象、副作用報告例を充分に検証していないなどの「審査や承認の問題」、副作用情報の正確な収集や集まった副作用情報の迅速な評価をせず、正確な情報提供も行わないなどの「市販後の問題」、承認前からの専門医を使った「巧みな広告・宣伝活動の問題」、
抗がん剤による副作用は救済の対象となってる「医薬品副作用被害救済制度として認められていない現状」などを訴え、患者の遺族ら計15人が、国とアストラゼネカ社に損害賠償を求めて裁判が進行中です。

イレッサ訴訟の概説(イレッサ薬害被害者の会)
 http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/subpage4-iressafukusayougaisetsu.html

2004年11月25日、東京地裁に提訴しました
(2004.11.25 イレッサ被害者の会)
 http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/t-Jyoho2.htm

東日本訴訟・訴状(2004.11.25 イレッサ被害者の会)
 http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/2004-11-25-tokyo-sojyo.pdf

ゲフィチニブ服用後の急性肺障害・間質性肺炎等に係る副作用報告の報告件数等について(PDF:735KB)
(平成22年度第2回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会2011.11.29)
 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xthf-att/2r9852000000xwpk.pdf

 そんな中2011年1月7日、大阪地方裁判所及び東京地方裁判所は、薬害イレッサ訴訟に関し、所見をともなう和解勧告を行ったことは皆さんもご存じだと思います。

 原告側はこれを受け入れる表明をしましたが、国は「承認後に分かった内容で承認時の責任が問われるならば、薬事行政の根幹を揺るがす」、「手つかずの論点を多く残したまま和解協議に入るよりも、判決で問題点を指摘していただき、これを整理・検討して、丁寧に制度のあり方を模索したい」、また製薬会社は「イレッサ発売時および発売後を通して適時・適切な情報開示を行ってきたと」などとして和解を拒否しています。

和解勧告に関する原告団・弁護団声明
(薬害イレッサ弁護団 2011.01.17)
 http://iressabengodan.com/topics/2011/000062.html

イレッサ訴訟:和解勧告に関する回答について
(アストラゼネカ社プレスリリース 2011.01.25)
 http://www.astrazeneca.co.jp/activity/press/2011/11_1_25.html

イレッサ訴訟和解勧告に関する考え方について
(厚労省 2011.01.28)
 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011b50.html

 また現場からは、「副作用での不幸な結果の責任を問うという判断は、医療の根本を否定する危惧がある」「添付文書に記載があってなお過失があると言われては、正直、現場は途方にくれてしまう」「新規の医薬品の開発および承認までの期間がさらに延長する危険をはらみ、必要としているがん患者さんの新薬へのアクセスを阻害する」などとして、今回の和解勧告はなじまないなどとした現場の医師などの声がある一方、「和解協議による早期解決が原告の救済だけでなく、薬害防止と抗がん剤療法の改善につながる」として、和解勧告を受け入れるべきだとの声も挙がっていました。

イレッサの和解勧告案に対する国立がん研究センターの見解(2011.1.24)
 資料(日刊薬業・行政情報資料)
  http://nk.jiho.jp/servlet/nk/release/pdf/1226502687444
 概要(ロハスメディカル)
  http://lohasmedical.jp/news/2011/01/24224400.php

肺がん治療薬イレッサ(の訴訟にかかる和解勧告)に対する見解
(日本医学会2011.1.24)
 http://jams.med.or.jp/news/015.html

肺がん治療薬イレッサの訴訟に係る和解勧告に対する見解
(日本肺癌学会 2011.1.24)
 http://www.haigan.gr.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=26

肺がん治療薬イレッサの訴訟にかかる和解勧告に対する見解
(日本臨床腫瘍学会 2011.1.24)
 http://jsmo.umin.jp/oshirase/20110124.html

【声明】 和解協議による薬害イレッサ訴訟の早期解決を望みます→リンク
(日本科学者会議・保健医療福祉問題研究委員会 2011.1.19、イレッサ被害者の会HP)

 このように、それぞれの考え方の隔たりが大きく、近く、国や製薬会社の責任が裁判所によって判断されることとなりますが、一方で、

  • 抗がん剤が現在、医薬品副作用被害救済制度の救済対象から除外されていることを考慮し、新たな救済の仕組みを設ける
  • 副作用情報の収集と事前予測
  • 副作用情報を患者にどのように伝えるか

などでは一致点があるように思えます。

 思え返せば、イレッサは発売当時「副作用が少ない夢のくすり」などとメディアがこぞって伝えていました。また当時より、日本で承認されていない新薬について、インターネットでさまざまな情報が氾濫していました。

 がん患者さんにとっては、こういった情報を藁をつかむ思いで求め、新薬の効果に期待を持つことも多いでしょう。

 もちろん、がんの専門医はきちんと最新情報を把握し、インフォームド・コンセントを行ったうえでこれらを投与していると思いますが、それでも承認後に見つかる副作用は少なくなく、中にはリスクがベネフィットを上回ることが明らかになって、海外では承認が取り消されたり、自主的に販売を取りやめる薬剤も存在します。

 がん専門薬剤師の方もこういった情報を把握し、必要に応じて処方医に提供されていると思いますが、化学療法など、がん治療の分野での薬剤師の役割が重要になると思います。

 また、間質性肺炎は他の薬剤でもおこりうる副作用です。地域薬局レベルでも間質性肺炎の副作用が発現する可能性がある薬剤を取り扱う機会は少なくありません。メトトレキサートなどの抗がん剤はもちろんのこと、それ以外の頻度の少ない薬剤についても薬情できちんと伝えるべきなのか、その初期症状などをどう伝えるべきかなどは統一されたものがないように思われます。

間質性肺炎(重篤副作用疾患別対応マニュアル 2006.11)
 http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1b01.pdf

 いずれにせよ、医薬品に関する最新の情報を把握し、それを処方医や患者さんに私たちはどう伝えるかを考えさせられます。

 なお厚労省でも、イレッサについてはこれまで下記のような検討会が行われています。間質性肺炎及び急性肺障害に関する副作用症例票や承認当時の患者向け説明書等も資料として掲載されています。実際どのように運用されていたかはわかりませんが。

2002.12.25 ゲフィチニブ安全性問題検討会 資料 議事録
2003.05.02 ゲフィチニブ安全性問題検討会 資料 議事録
2005.01.20 第1回ゲフィチニブ検討会 資料 議事録
2005.03.10 第2回ゲフィチニブ検討会 資料 議事録
2005.03.17 第3回ゲフィチニブ検討会 資料 議事録
2005.03.24 第4回ゲフィチニブ検討会 資料検討結果 議事録

関連サイト:
薬害イレッサ弁護団 http://iressabengodan.com/
イレッサ薬害被害者の会
  http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/

関連記事:
イレッサ 誰のための副作用情報(毎日新聞社説 2011.1.28)
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110128k0000m070128000c.html
読売新聞(2011.1.19) http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=35736


2011年01月29日 12:42 投稿

コメントが1つあります

  1. アポネット 小嶋

    m3.com に2日掲載された、厚労省の技官も務めた村重直子氏の解説記事が参考になります。

    データの積み重ねによって進歩したイレッサ治療
    PMDAと医療現場の専門家の意見交換が有効性・安全性確立に不可欠
    (m3.com 医療維新 2011.2.2 要会員登録)
    http://www.m3.com/iryoIshin/article/131883/

    2月24日追記(上記を加筆したものです。こちらはオープンアクセス)
    PMDAと医療現場の専門家の意見交換が有効性・安全性確立に不可欠
    (2011年2月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン)
    http://medg.jp/mt/2011/02/vol42.html

    村重氏は今回の訴訟について、厚労大臣が現場の医師へ責任転嫁する発言をしたことは、極めて遺憾と指摘するとともに、PMDAが国民や大臣に対して、専門家としての説明をしていないことを疑問視しています。

    思うに、こういった新薬の審議に現場の医療専門家が注目し、専門家同士の議論を活発化させるためにも、企業の保護のために現在非公開となっている新薬(スイッチOTCもそう)の審議をもっとオープンにすることはできないのでしょうか?

    日本では新薬等の審議は後日議事録が出るものの、当日は非公開、承認審査に関する審査報告書等も承認が出てからしばらくたって、ようやくPMDAのウェブサイトに掲載されます。

    一方米国では、専門のFDA諮問委員会での審議の2日前まではに資料が公開され、審議もオープンであったと思います。

    上記記事のリンク先となっている、村重氏の下記の記事も参考になります。

    薬が承認されるまで~そして承認されない理由
    (Infoseek 楽天 内憂外患 2010.08.02)
    http://opinion.infoseek.co.jp/article/968