内閣不信任案騒動でどうなるかと思っていましたが、政府の社会保障改革に関する集中検討会議(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/)は2日、社会保障改革の具体的方向について取りまとめた「社会保障改革案」が示されました。メディアでは年金や消費税のことが取り上げられていますが、私たちと関係の深い項目も盛り込まれいます。
社会保障改革案(2011.06.02)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai10/siryou1.pdf
私たちと関連が深い部分は、医療介護の充実と重点化・効率化、これを行うための医療費の抑制と効率化・適正化です。
- 外来受診の適正化等(⽣活習慣病予防、医療連携、ICT、番号、保険者機能の強化等)
→1,200億円程度の抑制 - ICTの活⽤による重複受診・重複検査、過剰な薬剤投与等の削減
→外来患者数:2025年に現行ベースより5%程度減少 - 受診時定額負担等(⾼額療養費の⾒直しによる負担軽減の規模に応じて実施)
→例えば、初診・再診時100円の場合、1,300億円の抑制 - 後発医薬品の更なる使⽤促進、医薬品の患者負担の⾒直し。医薬品に対する患者負担を、市販医薬品の価格⽔準も考慮して⾒直す。
- 70〜74歳2割負担
私が一番注目しているのは、定率負担とは別に受診時に100円程度の定額負担を求めることと、いわゆるOTC類似薬の保険給付の見直しです。
今回の負担の見直しの背景には、がん治療、生物学的製剤によるリウマチ治療など、医療高度化に伴う長期高額医療の高額療養費の患者負担をどう軽減するかがあります。
参考資料(8ページ目)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai10/siryou2-2-2.pdf
我が国においては高額療養費の自己負担限度額がありますが、それでも高額な負担に悩む患者さんの声を私も聞くことがあります。
前にも触れましたが、海外では医薬品に関する負担方法はいろいろな形があり、日本のように負担率では一律ではありません。(免除となるケースも少なくないようですが)
ちょっと古いですが
津谷喜一郎:欧州における医薬品の価格設定と償還
(薬理と治療 vol. 31 no. 10 2003)
http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/review0310.pdf
例えばフランスでは、疾患の程度に合わせて、償還率(全額をはじめに払って、後で保険から戻ってくる率)は次のようになっています。
ステッカーの色 | どのような疾患の薬か | 償還率 | 最近官報で示された医薬品のリスト |
---|---|---|---|
代替薬がないかまたは高額で長期の使用が必要な医薬品 ( 抗がん剤、抗HIV薬、成長ホルモン剤、血液製剤、緊急避妊薬など) |
100% | ||
白色 | 一般的な疾患の医薬品 (降圧剤、抗生剤など) |
65% | |
青色 | 重症度が高くない(?)症状の医薬品 (抗アレルギー薬、タミフル・リレンザ、タムスロシン、局所用抗真菌剤など) |
30% | 2011.04.06 (2011.05.02から実施。35%から30%に引き下げられた) |
オレンジ | アシクロビルクリーム、シメチジン、ファモチジン、ケトチフェンなど | 15% | 2010.04.16 |
品目ごとの償還率が示されたページ
Guide des équivalents thérapeutiques
http://www.mediam.ext.cnamts.fr/get/index_de.htm
ちょっと古いですが
フランスにおける医療保険負担(日医総研 海外レポート no.94 2005.12.26)
http://www.jmari.med.or.jp/download/ab094.pdf
Reimbursement of drugs with blue stickers
(Drugs News 2011.05.03)
http://www.drugsnews.org/reimbursement-of-drugs-with-blue-stickers/
つまり、高額な負担が余儀なくされる患者には負担を少なく、だれでもかかるような病気や軽いものは負担を多くするという仕組みがあります。
これまでもいわゆる「OTC類似薬の保険はずし」の話は何度も出てきていますが、中医協などで医師会・薬剤師会ともに反対をしているようです。
私は、保険という役割を考えたとき、またセルフメディケーションを推進する観点からも、後発医薬品の使用促進だけではなく、医薬品ごとの負担の見直し、とりわけPLやビタミン剤、湿布などは保険から外さないまでも、負担率を増やし、その分を高額な医療費が必要な人に少しでも配分してあげるべきだと思います。(OTC類似薬の薬価引き下げだけでは、かえって医者でもらった方がよいというインセンティブが働いてしまう。受診時定額負担よりも理解が得られるのでは)
日医は、この改革案の基となった民主党の社会保障と税の抜本改革調査会「あるべき社会保障の実現に向けて」に対してすでに見解を示しています。(日薬も見解を出さないかな)
「あるべき社会保障」の実現に向けて」(民主党社会保障と税の抜本改革調査会)
(第9回社会保障に関する集中会議 2011.05.30)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai9/minsyutou.pdf
民主党社会保障と税の抜本改革調査会「あるべき社会保障の実現に向けて」に対する日医の見解
(日本医師会定例記者会見2011.06.01)
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20110601_2.pdf
政治の混乱で、この案がすんなりと決まるとは考えにくいですが、ITを活用した医療連携なども含め、今回の改革案にはさまざまな視点から私たちも注視する必要があります。
関連情報:TOPICS
2010.04.29 OTC医薬品の使用環境における問題点と今後の課題(学会シンポ)
2010.04.08 OTC薬は病院でもらう場合と比べた割高感の払拭も必要(厚労相)
2011.05.27 医療情報化に関するタスクフォース報告書(IT戦略本部)
2011年06月03日 01:29 投稿
日薬は3日この改革案について、見解を出しています。
社会保障改革案に対する日本薬剤師会の見解
(日本薬剤師会プレスリリース 2011年6月3日)
http://www.nichiyaku.or.jp/press/wp-content/uploads/2011/06/pr_110603.pdf
OTC類似薬の保険給付の見直しについては、次のように述べています。
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この文言からだけでは具体的な内容は定かではありませんが、仮に、医療保険において用いる医療用医薬品について市販の医薬品に類似のものがある場合には、医薬品に係る本人負担に格差を設けるということであれば、断じて賛成できる提案ではありません。
患者の治療に必要な医療用医薬品について、類似する市販医薬品の価格を参考に医療保険での給付に格差を付けるという考え方は、改革案の基本方針にも掲げられている「格差の是正」とは全く矛盾する考え方と言わざるを得ません。
好んで病気になる人はいないにも拘らず、不幸にして罹患した疾病の違いと使う医薬品によって保険給付に差が出来るような仕組みでは、必要な医薬品が使われなくなることが懸念されます。とても社会保障改革とは言い難い単なる財源上の辻褄合わせであり、強く反対するものです。
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また、定額負担については次のように述べています。
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定率制の自己負担を支払った上に、仮に100 円とはいえ付加的な負担を患者に求めることは、わが国が世界に誇る皆保険制度の下で確保されている「フリーアクセス」を阻害し、患者の受診抑制をも惹起し、また、患者の受診機会を損なうことにより結果的に重症化に直結する大きな問題と考えます。今後の国家財政の状況によっては、定額負担金のさらなる増額も想定されることから「混合診療導入へ向けた施策」ではとの懸念もあり、到底容認できるものではありません。
17日、日医・日歯・日薬の三師会共同で政府・与党の「社会保障と税の一体改革成案」案に関連して、共同で要望書をまとめています。
政府・与党社会保障改革検討本部
「社会保障・税一体改革成案(案)」について
(2011年6月17日)
http://www.nichiyaku.or.jp/press/wp-content/uploads/2011/06/pr_110617.pdf
20日にとりまとめが行われる予定ですが、17日に示された最終案でも定額負担と保険給付の見直しの文言は残っています。
社会保障・税一体改革成案(案)
(政府・与党社会保障改革検討本部 第4回成案決定会合 2011年6月17日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/kettei4/siryou1.pdf
定額負担については、
「受診時定額負担」は、毎回一定額を支払うことになり、受診回数の多い高齢者には大きな負担になる。その結果、高齢者や低所得者の方が受診を差し控えざるを得なくなり、健康が損なわれることが懸念される。」
保険給付の見直しについては
「市販薬の価格水準と比較して医薬品の給付のあり方を見直す方針が示されているが、適切な薬物治療を受ける機会を失うことになりかねない。」
とそれぞれ反対の立場を示した一方、財源の問題については、
「高額療養費のあり方を見直し、高額な医療にかかった方の患者負担を軽減することには賛成である。しかし、医療というリスクに備える財源は、公的保険である以上、患者ではなく、幅広く公費および保険料に求めるべきである。」
としています。