スポーツ選手に鎮痛薬の使用はつきものですが、FIFAワールドカップ参加チームの39%の選手が試合に臨む前に常用しているとなると、健康に果たしてよいのか、濫用されていないかと疑問を投げかける報告です。
Abuse of medication during international football competition in 2010 – lesson not learned
(Br J Sports Med Online First 22 March 2012)
http://bjsm.bmj.com/content/46/16/1140.full
Fifa alarmed at widespread ‘abuse’ of painkillers
(BBC NEWS 2012.06.05)
http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-18064904
この調査は2010年開催のFIFAワールドカップの参加チームのチームドクターからの聞き取り調査から明らかになったもので、試合前72時間以内に71.7%の選手736人ががなんらかの薬を使用、うち444人(全体の60.3%)が少なくとも鎮痛薬を1回使用、また全体の39%の選手が全ての試合の度に鎮痛薬を使用してたそうです。
アブストラクトだけなので、今回の調査におけるでは具体的な成分名は不明ですが、同じ研究者らによる以前の調査をみたところ、2006年調査で最も多かったのが、ジクロフェナク55.2%で、ケトプロフェンが8.6%、COX-2 阻害薬が10.3%(2002年の17.2%からは大きく減少。おそらく心臓血管病のリスク問題か)だったそうです。
The use of medication and nutritional supplements during FIFA World Cups 2002 and 2006
(Br J Sports Med. 2008 September; 42(9): 725–730.)(オープンアクセス)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2582332/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2582332/pdf/B2W-42-09-0725.pdf
北米や南米のチームで使用率が髙く、また前回調査(試合ごとに使用する割合は2006年調査では29.0%)と比べ使用率が大きく増加、この背景にはベテラン選手の使用を見て若い選手の間でも使用が広がっていることもあるようです。
研究者が心配するのは、NSAIDsによる腎臓へのダメージ(当然スポーツ選手だから、腎臓も一生懸命はたらく)で、健康体だからといって、心臓血管病へのリスクもないわけではないでしょう。(サッカーの試合中に突然死した選手のケースはどうだったんだろう?)
鎮痛薬を試合前に使用しておけば、試合中に打撲や捻挫をしてもあまり痛みを感じないこともあるでしょうし、チームにとっては、痛み止めで誤魔化してもらって、早く戦列に復帰してもらいたいという気持ちもないわけではないのでしょうが、NFLのフットボールのチームでは元選手から無理矢理鎮痛薬の注射を受けさせられたとの訴えというのもあるそうで、フィジカル面が要求されるスポーツでは濫用の実態もあるのかもしれません。
選手一人一人の鎮痛薬使用についての自覚と情報提供、そして使用の是非についてチーム(ドクター)との検討も必要となるのかもしれません。
サッカー選手の鎮痛剤使用実態の報告は他にもあります。
The Use and Abuse of Painkillers in International Soccer
Data From 6 FIFA Tournaments for Female and Youth Players
(Am J Sports Med February 2009 vol. 37 no. 2 260-265 )
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18849466
Use of permitted drugs in Italian professional soccer players
(Br J Sports Med. 2007 Jul;41(7):439-41. Epub 2007 Feb 22.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2465348/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2465348/pdf/439.pdf
一般的な鎮痛薬はドーピングの対象とはなりませんが、選手の健康にとって適切な使用は当然必要です。日本の実態はどうなっているのでしょうか?
関連ブログ:
Abuse of Medication During International Football Competition in 2010
(Sports Medicine Resarch : In tht Lab & In the Field 2012.04.18)
http://sportsmedresearch.blogspot.jp/2012/04/abuse-of-medication-during.html
2014.02.22 更新(フルテキストにリンク)
2012年06月06日 10:57 投稿
”サッカー選手と鎮痛薬の使用”を読ませていただきました「・・・ 鎮痛薬を試合前に使用しておけば、試合中に打撲や捻挫をしてもあまり痛みを感じないこともあるでしょうし、・・・」というよりも、もっと意識的な積極的ドーピング目的の使用があるのではないでしょうか。
小生、NPO「医療教育研究所」(http://www.ime.or.jp/ )HPの「遠藤浩良の雑記帳」( http://www.ime.or.jp/zakki/index.html )のサイトの中で、かつて No.11 イブプロフェンやアセトアミノフェンが筋力を増強する!?( http://www.ime.or.jp/zakki/zakki_11.html )という雑文をものしたことがあります。
その後を見てみますと、まあいろいろと問題は多いようで、その幾つか例示しますと
〇 http://www.musclehack.com/muscle-building-pills-ibuprofen-acetaminophen/
Muscle Building Pills – Ibuprofen & Acetaminophen ?
〇 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21160058
Influence of acetaminophen and ibuprofen on skeletal
muscle adaptation toresistance exercise in older adults
〇 http://muscleevo.net/increase-muscle-mass/
Do pain killers increase muscle mass ?
〇 http://www.bicycling.com/training-nutrition/training-fitness/cycling-training-tips-over-counter-strength
Cycling training tips: Over-the-counter strengt
〇 http://conditioningresearch.blogspot.jp/2012/01/avoid-ibuprofen-if-you-want-to-grow.html
Avoid ibuprofen if you want to grow muscle ?
〇 http://fellrnr.com/wiki/NSAIDs_and_Running
NSAIDs for runners,impairs healing and interferes with hydration
の如くです。
それでも、外国ではオンライン・ショップの中にこうした鎮痛薬を筋力増強剤として通販している店もあるみたいですから、まったく鎮痛の目的はなくて、専ら一時的な体力増進を期待して使っている向きが外国では多いのではないでしょうか。
ご教示ありがとうございます。
BBCの記事にもパフォーマンスを向上させる可能性があるとは一言も書いていないので驚きです。
“NSAIDS”“Doping”をキーワードに論文にあたってみたのですが、はっきりとパフォーマンスを向上させるような報告は現時点では見当たりませんでした。
サッカー選手に限らず、NSAID の 予防的投与は結構行われているようですが、2009年の Br J Sports Med.誌に掲載された論説をみると、
「NSAIDは筋骨格痛みを減らすことができて、機能の復活を速めることができる。」としながらも、「NSAIDの予防使用は、筋骨格病理学に否定的な影響を与えるかもしれない」と論じられています。(回復を遅らせる)
Prophylactic misuse and recommended use of non-steroidal anti-inflammatory drugs by athletes.
(Br J Sports Med. 2009 Aug;43(8):548-9. Epub 2009 Jan 9.)
http://bjsm.bmj.com/content/43/8/548.long
そして、次のような勧告を行っています。
NSAIDの定期的使用が怪我のリスクを減らしたり、機能向上が図られるという臨床的エビデンスはない。
NSAIDの潜在的副作用に留意すべきであり、怪我がない場合にNSAIDが予防的に使われるべきでなく、またリハビリ時に単独の治療として用いないことを意味している。
時間があったらもう少し調べてみます。
スポーツ関連の医学雑誌には次のような報告もあります。
Use of NSAIDs in triathletes: prevalence, level of awareness and reasons for use
(Br J Sports Med 2011;45:85-90)
http://bjsm.bmj.com/content/45/2/85.abstract
(トライアスロンの大会に参加した人への調査)
使用に関してのリスクを知らずに、自己判断でOTCが使用されているとしています。
一方、NSAIDS使用に関する別の勧告もありました。(オーピンアクセス)
Non-steroidal anti-inflammatory drugs for athletes: an update.
(Ann Phys Rehabil Med. 2010 May;53(4):278-82, 282-8. Epub 2010 Mar 20.)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1877065710000576
筋肉などへの影響がそれぞれ記されています。
また、NSAIDsを使用する場合のきちんとした投与基準を作るべきとしていますね。
NHS Chices で解説記事が出ています。調査報告のより詳しい内容が紹介されています。
International footballers ‘play on painkillers’
(NHS Choices 2012.06.08)
http://www.nhs.uk/news/2012/06june/Pages/most-footballers-at-international-cup-tournament-took-painkillers.aspx
今回記事が出たのは、FIFAが5日、鎮痛薬の濫用を警告したプレスリリースを出したことが背景にあったようです。(日本では全く報じられていないけど)
FIFA warns about the abuse of painkillers
(FIFA 2012.06.05)
http://www.fifa.com/aboutfifa/footballdevelopment/medical/news/newsid=1644643/
プレスリリースによれば、今回の研究チームはU-17や上位のクラブ同士の対戦などの大会も含む1998年以降の55の大会について薬の使用状況を調べている(FIFAが支援している)とのことです。
FIFAでは、鎮痛薬の使用はU-17でもすでに20~25%に達しているとのことで、大変危惧しているようです。
FIFAでは鎮痛薬の使用についての知識を関係者や選手たちに伝えていく義務があるとしています。