イレッサ訴訟から考えたこと~リスクコミュニケーションと薬剤師

 既に報道でご存じかと思いますが、12日、イレッサ東京高裁上告審の判決が言い渡され、製薬会社の責任についての上告が棄却されました。

 また、最高裁は大阪高裁の上告審についても、棄却の決定を行い、原告の全面敗訴が確定しました。

  詳細については、関連資料へのリンクに留め、裁判の結果については皆さんが一人一人考えていただければと思いますが、感じたことを2点だけ書き留めておきたい思います。(あくまで個人的な見解です。不勉強な点もあったら、お許しください。)

 1点目は、これまでも指摘しましたが、重篤な副作用をだれがどの程度までどのように伝えるかという問題です。

 間質性肺炎は、他の薬剤でも起こりうる副作用です。

間質性肺炎(肺臓炎、胞隔炎、肺線維症)
(重篤副作用疾患別対応マニュアル 2006.11)(そろそろ更新してもいいと思う)
http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1b01.pdf

 頻度はさまざまですが、今回のように患者の全身状態が悪い場合などは死に至ることもあります。

 イレッサ問題を機に、抗がん剤の場合には、全例調査が行われたり、処方開始時に処方医より副作用についてきちんと説明されることが多くなり、安全対策はかなりよくなってきましたが、例えば、メトトレキサート(抗リウマチ)、アミオダロン、小柴胡湯などでは、だれがどの程度まで伝えているかという現状はあまり明らかになっていません。

 一方、重い後遺症を残したり、命にかかわる重篤な副作用は、間質性肺炎以外にも、血液障害、皮膚障害など多くのものがあります。

 しかし、こちらの方は、本来投与されるべきではない人に使用されたり、副作用リスクに留意して使用されていないとして、同じ薬剤について、適正使用の情報がメーカーからたびたび発出されています。(リスクコミュニケーションが不十分)

 今回の裁判で国とメーカーに責任が認められなかった背景には、そもそも(必ずしも専門でない)医師が副作用のリスクを十分理解し、その情報を患者さんとその家族に伝えなかったことの方が問題だったとの意見がネット上でも少なくなく、最高裁の判決文でも、同様の棄却理由が示されています。

【最高裁判例】平成24(受)293 損害賠償請求事件 平成25年4月12日 第三小法廷判決
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=83185&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130412154718.pdf

 即ち、今後起こりうることが明らかになっている薬の副作用についての訴訟が起こされた場合には、現場の医師が副作用のリスクについて情報を患者とその家族に提供しているかということがまず争われることになるでしょう。

 ですから、薬剤師もこれらについてのチェックや適切な助言(医師、患者に対して)を行う立場として、今回の判決には留意する必要があります。

 (特に重篤な)副作用のチェックと、患者さんへのわかりやすい情報提供ですね。(現場でが必ずしも対応できていないとしてか、抗がん剤の院外処方は大丈夫なのといったツイートも見かけた)

 もちろん添付文書での注意喚起のあり方について、全く問題がないかというと、そうではないような気もします。

 近年、医薬品情報もWEBで海外のリアルタイムの情報の入手が可能となり、シグナル的な情報も海外では次々と製品情報やラベルに反映されていますが、日本での注意喚起はやはり少し遅いように感じることが少なくありません。(専門紙ががんばっているけど、整理はされていないし、全ての医師が見ているわけではない。メーカーまかせ、日本では症例がないなどで添付文書への反映はタイムラグがある。また、海外に比べ表現のトーンも低い場合がある)

 日本では新薬の承認が遅いと批判をされてきましたが、一方でこのことは一定の使用経験を経て、副作用などのリスクについて周知されることで、副作用被害についてのリスクを少なくすることにつながっていました、

 しかし、最近は日本での承認もタイムラグがなくなり、また海外に先駆けて発売される新薬も出てきています。となると、発売されて初めて明らかになる副作用も出てくるでしょう。

 ベネフィットとリスクをはかりにかけて、処方すべきかどうか最終的な判断をするのは医師だとしても、それを判断するための必要な情報については、もっと迅速に国がわかりやすくまとめることも必要ではないかと思います。

 例えば、米FDAではラベル情報(発売からこれまでのラベルの履歴と変更理由のファイルへのリンクがある)とは別に、成分ごとのに注意喚起情報などが整理されています。(PMDAにも改訂指示の履歴があるけど、「改訂を指示しました」というのがほとんどで、詳細はメーカWEBサイトにいかないとわからない。ファイルが削除されている場合も)

Index to Drug-Specific Information(FDA)
http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/
PostmarketDrugSafetyInformationforPatientsandProviders/ucm111085.htm

例:
Information on Dabigatran Etexilate Mesylate (marketed as Pradaxa)
http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/
PostmarketDrugSafetyInformationforPatientsandProviders/ucm248694.htm

 EMAはラベル情報とともに、Assesment History をきちんと掲載している

例:
Pradaxa
http://www.emea.europa.eu/ema/index.jsp?curl=pages/medicines/human/medicines/000829/human_med_000981.jsp&mid=WC0b01ac058001d124

 2点目は、メディアの健康情報、特に新薬についての報道のあり方です。

 私もイレッサが発売された頃は「夢の新薬」として紹介されたことを記憶しています。イレッサによる副作用死が訴訟までに至ったのは、メディアがまだ安全性についての情報が不十分であるにもかかわらず、現場の医師、患者とその家族に過大な期待を抱かせたということも大きな原因だったと思います。

 メディアは今回の裁判を受けて、国や製薬会社に対して注文を行っていますが、自らの健康・医療に関する記事のあり方について、問題点がなかったかどうかの検証も是非して頂きたいと思います。(メディアが踊らされたという意見もあるが、どうだろうか。全国紙もそうだけど、取り上げた業界紙も今回の判決を受けてコメントして欲しい)

関連情報:TOPICS
 2013.04.04 イレッサ東京高裁上告審、原告の敗訴確定へ
 2012.05.26 イレッサ大阪控訴審判決、国・企業の責任認めず
 2011.11.18 イレッサ訴訟、東京高裁判決受け上告へ
 2011.03.30 イレッサ東京訴訟、国の賠償責任も認める
 2011.02.26 イレッサ大阪訴訟、企業に賠償命令も国の責任は認めず
 2011.02.24 医学会イレッサ声明文、国が声明文案を提供
 2011.01.29 イレッサ訴訟を考える

関連資料・ブログ記事:
薬害イレッサの真実
(水口真寿美 2012.10 イレッサ薬害被害者の会)
http://i250-higainokai.com/yakugai-iressanosinzitu-2012-10.html

私たちが信じたイレッサ・患者たちが期待した経緯と背景
(イレッサ薬害被害者の会)
http://i250-higainokai.com/sinzita-iressa_yumenosinyaku.html

イレッサ薬害訴訟における国の責任―初期の情報と対応について
(片平洌彦・国民医療研究所副所長)
 第1報 第2報 第3報

イレッサ薬害最高裁判決に対する声明
(『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No162 2013.04.13)
http://www.npojip.org/sokuho/130413.html

Dr.勝俣による「イレッサ問題」のポイント
(ツイートまとめ2013.04.13)
http://togetter.com/li/487008

イレッサ事件から何を学ぶべきか?その一
(医療ガバナンス メールマガジン 2011.11.25)
http://medg.jp/mt/2011/12/vol340.html

イレッサ訴訟で裁判官を批判してる人は裁判の内容を知っているのか?
(ツイートまとめ 2013.04.13)
http://togetter.com/li/487256

イレッサ訴訟終了 まともな判決でよかった
(中村ゆきつぐのブログ 2013.04.13)
http://blog.livedoor.jp/dannapapa/archives/3739097.html

 薬害訴訟:メディアは教訓に学べるか?
(東京日和@元勤務医の日々 2013.04.03)
http://skyteam.iza.ne.jp/blog/entry/3040282/
 
最高裁判決に対する薬害イレッサ訴訟統一原告団・弁護団声明
(薬害イレッサ弁護団 2013.04.12)
http://iressabengodan.com/topics/2013/000286.html

 関連記事:
最高裁、イレッサの“特殊性”重視 重篤患者に処方、臨床医なら認識
(産経新聞 2013.04.13)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130413/trl13041300480000-n1.htm

イレッサ訴訟(MT Pro)
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/list_series/iressa/

4月14日 1:00 リンク追加


2013年04月13日 17:36 投稿

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