零売の原則禁止を盛り込んだ薬機法改正案が4月17日に附帯決議が付されて衆議院を通過したところですが、日刊薬業のアーカイブの記事をチェックすると、これまでの経緯を垣間見ることができます。
日刊薬業紙面版アーカイブ
https://nk-arch.jiho.jp
おそらく、昭和40年代くらいまでは、今のような医療用・一般用といった区分はあいまいだったようで、市販向けの小包装と医科向けの大包装との用量価格差から、さまざまなものが零売されていたようです。
一方で零売品を「大メーカーの大巾値下げ」といった新聞広告を行うところが現れるなどいわゆる乱売になりかねないとし、昭和39年9月に薬務局が指導方針について統一の見解が示されています。
表示方法に注意の要(1964.09.10)
https://nk-arch.jiho.jp/go/?rt=1682731462788&docId=82cc0d8c25bf47649972b432ce09656f&queryId=8ab9cc5c3f7a48b0bd0a868b7e679299&order=5
さらに9月16日の中央薬業安定協議会で、厚生省薬務局が薬事法上の解釈ならびに考え方を示しています。
薬務局 零売の法律解釈明示(1964.09.22)
https://nk-arch.jiho.jp/go/?rt=1682731462788&docId=18a25ec183be45ec8bf5751696b0c357&queryId=8ab9cc5c3f7a48b0bd0a868b7e679299&order=7
こういった解釈について、当時の大阪府薬は会員に周知することをためらったという。
理由は、
・零売を奨励する結果になりかねない
・逆に薬局業務の制限が懸念される
大阪安定協 零売小委設ける(1965.10.22)
https://nk-arch.jiho.jp/go/?rt=1682732239129&docId=09b63959df27487aaadc03c9258e2b38&queryId=f8190fed099740d7bd2853cb0e0cb707&order=5
1970年代に入ると、老人医療費の無料化や再販制度の大幅縮小など薬局経営を取り巻く環境が一変、京都・福岡県薬は経営危機打開のため、零売を会員薬局に積極指導する方針を決めたという。
医療用の“零売”を指導(1973.10.09)
https://nk-arch.jiho.jp/go/?rt=1682732239129&docId=63a94617e298405995f2caeea490576a&queryId=f8190fed099740d7bd2853cb0e0cb707&order=7
零売の対象となったのはかぜ薬や胃腸薬など医科向けと大衆向けを兼ねた一物二名称の薬品で、指導価格も設定したという。
また、当時の日薬の役員は講演で当時まで少なかった医薬分業に至るまでの過程で、零売は有利な方法だとして次のようなメリットを挙げたという。
- 種類が豊富
- 独自性がある
- 経済的メリットが大きい
- 医家向け医薬品が自然にストックされる
- 知識が必要になるため勉強をするようになる
佐谷氏、分業推進で零売推奨(1974.06.21)
https://nk-arch.jiho.jp/go/?rt=1682733865335&docId=ddf2e19f63d94b82a48c5b72a801938a&queryId=c535302a79c940e3b06a928786659a7a&order=1
また、零売の推奨を行ってきた京都府薬は、1978年に零売に適するものについてのアンケートを実施、アズノール錠、ポンタール、ナイスレートカプセル、コンバントリンなどが多かったという。(サンプルの抽出法は不明)
零売に適するアズノール錠など(1978.10.11)
https://nk-arch.jiho.jp/go/?rt=1682734426774&docId=6bbabb5b4cda4bd4a03872e849e74f8e&queryId=92cc10f155b645898298cba614262b02&order=7
一方、1980年代以降になると関連記事はほとんど見当たらなくなっています。おそらく、節度を持って零売は行われ続けれていたのだと思います。
やはり、2000年頃に登場した零売薬局に対して、零売の是非が国会でも問われる一方、医師会から圧力がかかり、処方せん医薬品の指定が行われ、現在に至っていると見た方がよいかもしれません。
以降、日薬は零売は限定的というスタンスをとっていますが、過去にはこういうこともあったということになります。
この間も、零売についてXでいろいろ意見が出てきています。
あらため、頭に浮かんでいることをいくつかあげます。
(2023.04.22投稿を一部改変)
・そもそも処方箋医薬品への指定の基準があいまいだった
おそらく、医師の指示なしでも継続服用が可能なものは処方箋医薬品からはずしたのだと思う。だから、処方箋なしでの販売(零売)はいいけど、必要最少限・短期使用が前提とされているのだと思う。
それでも、Strongestのステロイド外用薬やステロイド点眼などが非処方箋薬として分類されているのは疑問で、そのあたりの基準のあいまいさが今問題を複雑にしていると思う。
・一般用医薬品でも使用されている成分の扱い
検討会で構成員から「飲む側にしてみると、つまり患者さんあるいは薬局の来局者の方にしてみれば、両方とも体の中に入って同じように効いてくるわけですので・・・」という指摘があるように、OTC類似医薬品(同効成分も)についての過度の規制は疑問。
むしろ、一般向けの情報提供をきちんと整備して(例えば、一般用医薬品の使用上の注意の文書、成分ごとに決められているので代用でも可ではないか)、きちんと零売を可能にする仕組みにする必要があると思う。
・OTCの流通の問題
OTCをまず売ればいいのではという声を聞くが、個店や調剤主力の薬局にとって、仕入れルートを確保をすることは容易ではない。直販や10個単位などの理由で取り扱えない薬局も数多くあると思う。生活者に必要な医薬品供給を担うという視点で考えれば、適切に情報提供をして、医療用医薬品での代用を可能とすべきと言う声には私も同意したい。
・成分として市販化されていない製品の取り扱い
漢方薬など、市場化されないためにOTC化されていない製品や製剤は数多くある。カロナールのようにニーズが認知されれば、市場化されるが、ピコスルファート液のように汎用されていても、市場にはないものもある。
医薬品の供給の責任者を名乗るのであれば、OTC化されないが、生活者にとってもニーズがあるものは、職能団体がどのようにすればきちんと供給できるかという仕組みを直ちに具体化すべきではないか。
・販売数量の問題
販売数量は薬剤師としてのモラルが問われることであり、当局が介入する問題なのかどうかは疑問がある。しかし、求めに応じて箱単位で販売するなど適正使用を留意していない事例が存在するのは事実であり、濫用のおそれ等のあるものについてはきちんと規定する必要があるだろう。
また、受診ができないときの不足分のつなぎという事例が多いのであれば、海外のような緊急調剤(数日程度の処方箋なしでの販売を認める)の制度についても検討すべきではないか。
・OTC市場との共存
零売の拡大は、メディアを使って販売促進をしてきたOTCメーカーと、バイイングパワーで安価なPBを供給してきたドラッグストアチェーンにとっては脅威になるかもしれない。また、医療用医薬品の市販化ということも問題を複雑にしていくだろう。
生活者のこれが欲しいというニーズではなく、きちんと専門家介入で販売をすることを目指すのであれば、広告のあり方は一考の余地があるかもしれない。(でも、オンライン診療のやり方は制限できないんだけど)
零売についてツイッターでいろいろ意見が出てきているので、思っていることをいくつか
・そもそも処方箋医薬品への指定の基準があいまいだった…
— 小嶋 慎二@community pharmacist (@kojima_aponet) April 22, 2023
また、零売には次のような3つのパターンがあると思います
1.成分がOTCとしても発売されているもの、いわゆるOTC類似薬
2.処方箋なしでの販売としてふさわしい成分だが、メーカーの事情などでスイッチされていないもので、薬剤師の判断で販売が可能なのもの(ドンペリドン、一部の抗アレルギー薬)
3.本来は医師の関与が必要だが、継続使用を条件に薬剤師の関与の下必要最少量での販売を認めるもの(ステロイド点眼、Storongest どのステロイド外用薬)
突き詰めると、こういった理念なく2005年に医療用医薬品の処方せん医薬品の指定をし、その扱いをあいまいにしてきたツケだと思います
少なくとも3.については本来、処方箋医薬品としてすべきあって、むしろ緊急避難的に処方箋なしでの販売を認める仕組みを制度的につくっておけばよかったのではないかと思っています
今回考えないといけないのは、1と2のケースです
1.については、ピコスルファート液のように医療現場でニーズがあると思っても、OTCとしてはニーズがあまりなく供給されていないものをどうするのかを考える必要あるでしょう(省令で一部の漢方薬とともに例外的に認められるか?)
そして、宣伝を頼りに専門家の助言なしで、生活者の判断で買えるということが一般的になっている状況も変える必要あるでしょう
2.については、薬価を下げ続けられるものの、OTCとして開発するよりも、医師の処方で供給することが売上につながるというメーカーの思惑があると思います
これには、保険調剤に追われる薬局の現場で果たしてスイッチ品を説明して供給してくれるのかという不信感もあると思います
調剤を簡素化し、セルフケア支援にあたれるよう、薬剤師業務のあり方も考える必要があると思います
とはいうものの、このカテゴリーについての多くはすでに海外では処方箋なしで買えるものが多く、要指導医薬品とは別に薬剤師の関与の下で適切な数量で販売を認める(零売)仕組み(零売医薬品?)と法整備が必要かもしれません
いろいろ意見を読ませていただいています 零売にも3種類あると思います 1.成分がOTCとしても発売されているもの、いわゆるOTC類似薬… — 小嶋 慎二@community pharmacist (@kojima_aponet) March 4, 2025
また、零売が進まない理由として、日本総研の成瀬道紀氏は、経済・政策レポートの中で次のような点を指摘しています。
こうした合理的とはいえないわが国特有の区分方法や販売規制が製薬企業・医療機関・薬局などの業界関係者に受け入れられてきたのは、彼らにとって好都合な面も多いからである。
製薬企業のうち医療用医薬品メーカーは、医療用医薬品として開発すれば公的医療保険の給付対象となり、患者の金銭的負担が軽減され、販売数量を増やすことができる。
OTC医薬品メーカーにとっては、現行の区分方法と販売規制により、費用対効果に優れたOTC類似薬との競争が避けられるメリットがある。仮にOTC類似薬を容易に薬局で直接購入できるようになれば、OTC類似薬と同じ種類の有効成分のOTC医薬品を販売するメーカーは、従来のような高価格での販売は難しくなるであろう。
薬局は、処方箋なしで販売する権利を制約される不利益を被るが、医薬分業の進展により、今や多くの薬局で処方箋調剤が収入の柱となっている。現状、わが国の薬局は医療機関に近接するいわゆる門前薬局が約9割にのぼり、医療機関の収入減に直結するOTC類似薬の処方箋なしでの販売を強く推進できる立場にはない。患者に医療機関を受診してもらい処方箋に基づいて調剤した方が、技術料が得られ、薬局としてもメリットが大きい。
現状の区分方法の背景についての記述が興味深い
医療用医薬品という区分は廃止し処方箋医薬品以外はOTC医薬品に区分すべきである
【日本総研 2024.11.28】
OTC 類似薬はOTC 医薬品に区分を-本質は医療用医薬品から処方箋医薬品への原点回帰-https://t.co/BhvKLTGupkhttps://t.co/2l1N8pyzyO…— 小嶋 慎二@community pharmacist (@kojima_aponet) November 30, 2024
最後になりますが、これらを整理し、現場目線での、OTC類似薬と零売をめぐるさまざまな背景と課題、自分なりの今後の考えなどについて整理しました。
今後の議論の参考になればと思っています。
生活者側のニーズ
背景 | 根本的な問題や課題と解決策 | |
---|---|---|
医者でもらったのと同じ薬が欲しい | 処方箋が必要な薬ではないのになぜ市販化されていないのか? | スイッチ化の仕組みは改善されているが、採算が合わなければ製薬会社は、OTCとしての開発や製造販売はできない |
OTCがあるといっても多くは配合剤で必要以外成分も入ってい | 単剤では効かない(承認量は最大医療用の8割まで)として、配合剤に頼らざるを得ない一般用医薬品の製造販売承認基準の見直しが必要 | |
オンライン診療で「処方が必要な薬が買える」現状があるのにどうしてダメなの? | 原則医薬分業が徹底されていない現状が問題であり、これを解消する必要がある | |
医者にかからずもらいたい | 長期のリフィルが認められていない | リフィル制度の見直し、その場合の保険償還の検討 |
やむを得ない場合の緊急処方(調剤)が認められていない | 法的に緊急処方を認める やむを得ない場合の零売の仕組みを制度化する |
|
価格が安い | OTCと実売価格と公定薬価との価格の乖離 | 取引実態だけが重視され、採算が合わないほどに引き下げられた公定薬価 広告宣伝費が上乗せされて高くつくOTC |
販売側の課題
背景 | 根本的な問題や課題と解決策 | |
---|---|---|
対応に必要なOTCが供給されていない | 処方箋医薬品ではないのに、OTC化されていない成分が多い | スイッチの推進する仕組みづくりは解決しつつあるが、利益が出る見通しがなければ、承認されて新たな製造販売までに至らないという現実 |
医療用のものがOTC化しても、ニーズがなければ供給が停止されることがある | 過去には、ピコスルファート液やアセトアミノフェン液はあった 分割販売(零売)を制度化して販売できる仕組みをつくる |
|
OTCの多くは配合剤 | 単剤では効かない(承認量は最大医療用の8割まで)として、配合剤に頼らざるを得ない一般用医薬品の製造販売承認基準の見直し | |
適切なOTCが薬剤師の関与の下に供給される仕組みがない | 生活者に広がる、セルフメディケーションは自分の責任で行うという認識 | 調剤のみを重視し、OTCを扱わない薬局の存在(あまりにも恵まれた調剤報酬体系もある) 調剤薬とは異なるOTCに関する知識と販売に関心が少ない現場 |
名ばかりのオーバーザカウンターによる販売体制 | 生活者の選択の名の下に、人件費削減と効率化で長年進めてきたセルフセレクションに陳列の見直し | |
一部の要指導医薬品などがこれまでの取引先から入手できない | アライやアレグラEXプレミアムなど、適正販売の名の下に、大規模チェーンや大手のみが優遇される流通体制 | 新規スイッチ品や薬剤師の関与が必要な薬は、一般卸から供給できるように義務付けるなど、規模などに関わらず流通が可能とするようにする |
目の前の生活者に、必要なくすりを必要な量だけ、適切な価格で提供したい | 大規模チェーンや大手によるPB品のみができる廉価な供給体制 | 取引実態だけが重視され、採算が合わないほどに引き下げられた公定薬価と広告宣伝費が上乗せされて高くつくOTCの価格差をどう考えるか |
大規模チェーンや大手並みのOTC品揃いは困難 | 現状の一般用医薬品の製造販売承認基準から、次々と発売される新製品への対応は困難であり、医療用医薬品の分割販売(零売)も検討する必要がある | |
地域薬局・薬剤師をプライマリケアの提供者として位置付けられていない | 軽度疾患やプライマリケアの提供の一部を地域薬剤師に委ね、開業医や救急部門への負担を軽減し、公的医療費の削減につなげるという考えを政治が打ち出す またこれらの対応には、医療用医薬品の活用を行う(薬代を実費もしくは無償、コンサルテーションに公的資金投入も)なども検討する |
2025年04月19日 17:08 投稿