第81回アポネットR研究会報告
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平成17年11月11日(水) 会場:足利市民プラザ西館301号室
参加者:73名(うち薬剤師69名)
1.製品情報
『エバステルOD錠』について
2.学術講演
授乳婦への薬の服用
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1.はじめに
授乳婦、妊娠、・催奇形性の問題は、皆さんも現場で多くの問い合わせを受けると思いますが、最終的にはやはり、患者さんとのコミュニケーションを通じて意思決定の必要に迫られます。
しかし、意思決定というのは実際にはむずかしいことです。そのために薬剤師としては、ある程度アドバイスをしなければなりません。今までどういう薬が使われてきて、それらの薬がどういう安全性があるのかという情報を自分で探し、情報を提供できるバックグラウンドが求められているのです。
2.母乳の重要性
今世界では、「母乳で育てよう」というが主流です。薬を飲むのはお母さんですが、それは、母乳が人工乳にはない、栄養面、アレルギー防止、感染防御、母子関係の面(スキンシップによる、マタニティーブルーの予防や他者に対する信頼感の獲得)、乳幼児突然死症候群の予防といった有用な点があるからです。国やドクターによってさまざまな考え方がありますが、今日のお話は基本的に、「服薬中であっても、母乳を続けよう」という立場で話をすすめたいと思います。
(1)栄養面
母乳には、乳幼児のエネルギー源となる乳糖(乳幼児に特異的に高いラクターゼにより、グルコースとガラクトースに分解、これがエネルギー源となる)やビタミンE(赤血球の寿命を延ばして貧血の予防に役立ち、抗参加物質としても重要)、脳の良好な発育に重要な役割を果たしていると言われているω-3系脂肪酸(DHA・EPA)が多く含まれています。
(2)感染面
母乳には、人工乳や牛乳には含まれていない、免疫グロブリンなどの乳性蛋白が含まれています。特に、出生前と出生後数日間に分泌される薄黄色のものは「初乳」と呼ばれ、これらの蛋白を多く含みます。1歳未満の乳児では全ての免疫が低下していますが、母乳を通じてこれら抗体を獲得することができ、母乳は、乳児を感染から守るうえで重要です。
(3)授乳の中止の問題
このような観点から、母乳で育てている場合には、薬剤服用中でもできるだけ授乳を続けることが重要です。しかし実際には、中止しなければならないこともあると思います。普段から、母乳と人工乳を交互に与えているというのであれば問題はないのですが、母乳のみで育てている場合に、服薬を理由に一時的に哺乳瓶で人工乳を与えると、乳児によっては哺乳瓶の方が吸いやすいとして、母乳再開時に直接授乳を嫌がるケースがあります(乳頭混乱)。また、母乳を与えることを一時的にやめることによって、母乳が止まってしまうこともあります。ですから、薬剤服用のために一時的に母乳を中止する場合でも、搾乳を続けるようにアドバイスする必要があります。
3.お母さんから服薬時の授乳の可否を質問されたら
特殊なメカニズムで吸収されている内服薬以外は、量の多少はあっても、母乳には移行します。書物やネットからの情報をそのままに、「○○という薬は母乳にいかないので大丈夫」いった安易な回答は好ましくありません。むしろ、乳児がその薬を飲んでも大丈夫かという観点から、情報を提供することが必要です。
母乳に薬は移行するということを前提に、乳児にとってその薬が安全かどうか(小児の適応があるか)、実際にどの程度母乳に移行するか(乳児の薬物動態・母乳の薬物動態)、また乳児がどの程度発育しているか(未熟の場合には、薬の解毒代謝がうまくいかない)を理解することが必要です。
4.乳児の薬物動態
(1)生まれたばかりの赤ちゃんは胃内pHが高い
生まれたばかりの赤ちゃんの胃の中のpHは、成人と異なりおよそpH6〜8と高くなっています(成人の胃酸分泌に近づくのは、生後数ヶ月から数年かかります)。このため、弱酸性や弱塩基性の薬については、溶解度が変わってしまい、薬の吸収に影響を受けることが考えられます。代表的なものとして、新生児のけいれんに使われるフェノバルビタールがあげられますが、PHが高いことで影響がある薬は実際にはあまりありません。
(2)新生児はβ-グルクロニダーゼ活性が高い(腸管循環を受けやすい)
グルクロン酸抱合される薬は、通常胆汁に分泌されるのですが、小腸管腔側刷例子縁に多く存在するβ-グルクロニダーゼは、薬物-グルクロニドの抱合をカット(脱抱合)してしまいます。そして、薬物は遊離の状態となり、再吸収されてしまいます(腸管循環)。小児の場合は、通常グルクロン酸抱合能は低いのですが、胎児や新生児では腸内細菌のバランスとれていないために、β-グルクロニダーゼ活性が高くなることがわかっています。
インドメタシンなどがその例で、新生児に投与すると、排泄が遅れる現象がみられます。ですから、グルクロン酸抱合を受ける薬を飲んでいる場合には十分注意が必要です。
(3)新生児期・小児期は体重あたりの水分量が多い
新生児期は体重の7割以上が水分であり、また細胞外液に占める割合が高くなっています。ですから、β-ラクタム系の抗生剤やアミノ配糖体など、細胞外液に多く分布する薬には注意が必要です。
(4)新生児・乳児期はアルブミン値が低く、見かけの血中濃度が低下する
(5)高ビルビリン血症は蛋白結合率を変化させる
(6)薬物代謝能は新生児期に低く、その後体表面積の発達変化に近似している
(7)腎臓からの薬物排泄は、在胎週数+出生後日数が34〜35週で急激に上昇する
新生児は、腎排泄の薬は腎機能が低いために注意が必要ですが、腎機能の発達は在胎週数(GA)+出生後日数(PNA)で考えることが必要です。日本の添付文書などでは、新生児の投与量について出生後何日というふうに記載されていることが多いようですが、早産児に対してこの基準で薬物を投与した場合、薬の排泄が遅れて問題が生じることがあります。
薬の腎排泄能は、在胎週数(GA)+出生後日数(PNA)が34〜35週で急激に上昇することが知られており、出生まもないお子さん(特に早産児)への腎排泄薬の投与は注意が必要です。
5.母乳への薬物移行を考える
では、実際にどのように薬が移行するのでしょうか? 基本的には大学で皆さんが習った、消化管内での吸収メカニズムと同じで、血漿と母乳間の濃度勾配によって決まりますが、薬の分子量、蛋白結合率、母乳のpHと薬物のpKa、薬の脂溶性によっても左右されます。
(1)分子量が小さいものほど移行しやすい
分子量200以下の水溶性薬物(アルコール・モルヒネ・バルビツール酸類など)は、膜中の細孔を通り母乳に移行します。尿素やアンチピリンなどでは、血漿濃度値が一定であれば、母乳中濃度と血漿中濃度とほぼ等しくなります。一方、高分子化合物などはほとんど母乳中には移行しません。
(2)蛋白結合率が低いものほど移行しやすい
蛋白結合率が低いと遊離型が高くなり、細胞膜を移行して母乳中に移行します。例えば、ジアゼパムなどのような蛋白結合率の高い薬物は移行性が低く、アルコールのような蛋白結合率の低い薬物は移行が良好です。
(3)脂溶性が高いものほど移行しやすい
脂溶性が高い薬物ほど母乳への移行性が高いことから、非イオン型薬物が脂溶性であるかどうかにより母乳移行が決定されます。脂溶性が高いバルビツール酸やサリチル酸などは母乳の脂肪中に、より大量に取り込まれますが、脂溶性が低い薬物は、非イオン型であっても、細胞膜を通過する速度は遅く、母乳中へ移行しにくい性質があります。
(4)弱塩基性のものは移行しやすい
母乳のpHは6.8で、血漿のpH7.4よりやや低く、弱塩基性薬物では、下記のようなメカニズムから母乳に移行しやすいという性質があります。
(5)薬物移行率は経時的に変化する
母乳への移行状況の指標として、母乳中濃度を同時点の血漿中薬物濃度と比較した数値=M/P比(Milk/Plasma ratio、母乳/血漿比)があります。理論的にはM/P比が1を超える薬は、血漿中濃度より母乳中濃度が高いということになり、より危険性が高い薬ということになりますが、M/P比は、投与方法(単回or連続投与か、半減期が長いものは母乳中に蓄積する)、測定時間、授乳回数、哺乳量、母乳の組成(初乳ではpH7.7、蛋白質が多く脂肪含量が少なく成乳の場合と移行率が異なる)などに影響をうけます。このような場合には、定常状態での母乳中濃度という形で評価する必要がでてきます。
また下図に示すように、脂溶性の低い薬では移行時間が遅いために、母乳中濃度が血漿中濃度と同じような経時変化をしないことがあります。また、M/P比が測定時間によって変動することや連続投与によって蓄積している場合があり、AUCで算出した値を活用したほうがよいとする意見もあります。
(6)哺乳量による実際の薬物摂取量も考慮する
母乳の1日摂取量は約150ml/sとされているので、乳児が母乳から摂取する薬物の総量は下記式で計算することができます。
[授乳時の平均血漿中薬物濃度]×[M/P比]×[哺乳量]
これをイソニアジドで例にとると、治療量を母親に投与したとして、血漿中濃度は6μg/ml前後とします。M/P比が1であれば、母乳を240mlを飲む乳児が摂取するイソニアジドの量は1回の授乳で1.4rとなります。これをイソニアジドの小児用量(10〜20r/s)と比べると、かなりに少なく安全と考えることができます。ただ実際には、理論値と実測値で異なることもあるので、あくまでも参考値と留めた方がよいでしょう。
6.まとめ
添付文書の「授乳婦への投与」の項目をみると、「治療上の有益性が危険性を上回る場合だけ投与」といった、しばしば混乱を招く表現を見かけますが、大部分の薬は母乳を介して、乳幼児に移行してもその量は極めて僅かであり、低濃度でも極めて強力または毒性の強い薬物か、乳児の薬物代謝や排泄能に問題がある場合以外はあまり心配ありません。次のような点に留意すればよいでしょう。
- 半減期が短いものは比較的安全
- M/P値が低いものは比較的安全
- 母乳中濃度のピークの時間を避け、服薬前に授乳・搾乳をする(脂溶性を考慮する)
- 服薬は乳児が最も長時間睡眠する前に服用する
- グルクロン酸抱合を受ける薬は服用を避ける
- データが不明な薬は服用を避ける
そして、薬剤師として成書やWHOなどの有用なサイトなどを利用して、可能な限りデータを集め、それを基に情報提供をすることが必要です。
参考:米国小児科学会のガイドライン
一般名 | 乳児に現れる症状、兆候、母乳分泌への影響 |
---|---|
コカイン | コカイン中毒(嘔吐・下痢・震え・興奮しやすい) |
シクロフォスファミド メトトレキセート |
免疫抑制の可能性あり、成長への影響や発がん性との関連は不明、好中球減少 |
シクロスポリン ドキソルビシン |
免疫抑制の可能性あり、成長への影響や発がん性との関連は不明 |
リチウム | 乳児の血中濃度が、治療濃度の1/3〜1/2になる |
クロルプロマジン ハロペリドール |
発達の遅れ |
エルゴタミン | 嘔吐、下痢、けいれん(偏頭痛治療に用いる用量で) |
アテノロール | チアノーゼ、徐脈 |
ブロモクリプチン | 乳汁分泌を抑制するので、服用は避けたほうがよい |
放射性医薬品 | 排泄されにくいので、母乳の中止が必要 |
カフェイン | 1日2〜3杯程度のカフェイン入り飲料は影響しない |
当日配布の資料に、American Academy of Pediatrics Committee on Drugs, The
Transfer of Drugs and OtherChemicals into Human Milk, Pediatrics, 108(3):
776-789, 2001
(http://aappolicy.aappublications.org/cgi/content/full/pediatrics%3b108/3/776)
の情報を参考に加変
参考:WHOのガイドライン
(必須医薬品リスト Eleventh Model List of Essential Drugs よりリストアップ)
一般名 | 乳児に現れる症状、兆候、母乳分泌への影響 |
---|---|
アスピリン | 通常使う量であれば問題ないが、長期服用は避ける。 溶血や出血時間の延長、代謝性アシドーシスなど生じる事があるので、乳児の体調の変化がないか監視したほうが望ましい。 |
アセトアミノフェン イブプロフェン |
授乳可。 |
クロルフェニラミン | できれば避ける。 傾眠、興奮などを生じる事があるので、乳児の体調の変化がないか監視したほうが望ましい。 また、乳汁の分泌を抑制する可能性がある。 |
コデイン | 通常使う量であれば問題ないが、連用は避ける。 呼吸抑制、徐脈、チアノーゼなどを生じる事があるので、乳児の体調の変化がないか監視したほうが望ましい。 |
スルファサラジン (サラゾスルファピリジン) |
できれば避ける。特に1歳未満児は可能な限り避ける。 出血性の下痢、溶血、黄疸などを生じる事があるので、乳児の体調の変化がないか監視したほうが望ましい。 グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠乏児は、溶血を起こす恐れがあるので禁忌。 |
ジアゼパム | 1回の服用では問題ないが、連用はさける。 黄疸、傾眠、嘔吐、体重減少ひどい体重増加)などを生じる事があるので、乳児の体調の変化がないか監視したほうが望ましい。 |
β-ラクタム系抗生剤 エリスロマイシン ゲンタマイシン アシクロビル |
授乳可。 |
クロラムフェニコール ナリジクス酸 シプロフロキサシン ドキシサイクリン メトロニダゾール |
できれば避ける。 |
ほとんどの抗がん剤 テストステロン |
避ける。 |
ジゴキシン ほとんどの抗不整脈薬 多くの降圧剤 スピロノラクトン |
授乳可。 |
フロセミド ヒドロクロロチアジド 避妊薬 エチニルエストラジオール |
乳汁の分泌を抑制する可能性があるので、できれば避ける |
シメチジン メトロクプラミド |
できれば避ける。(長期間でのデータがない) |
グリベンクラミド | 授乳可。乳児の血糖値には注意する。 |
Breastfeeding and maternal medication: Recommendations for drugs in the
eleventh WHO model list of essential drugs(WHO、UNICEF)
http://www.who.int/maternal_child_adolescent/documents/55732/en/
を基に作成。詳しくは上記参考を。
参考:メルクマニュアル:授乳婦における薬物、小児の薬物療法
東京都女性薬剤師会・平成17年春期講座配布資料
文責:小嶋慎二
講演で紹介されたサイトや関連リンク等を紹介します。
Breastfeeding and maternal medication: Recommendations for drugs in the
eleventh WHO model list of essential drugs(WHO、UNICEF)
http://www.who.int/maternal_child_adolescent/documents/55732/en/
本リストでは、授乳婦への薬物投与の目安として、薬効別・アルファベット順に下記の5つの分類に分けています
1. Compatible with breastfeeding(授乳可)
2. Compatible with breastfeeding. Monitor infant for side-effects
(乳児の副作用の発現に留意して、授乳可)
3. Avoid if possible. Monitor infant for side-effects
(できれば避ける。授乳する場合は、乳児の副作用の発現に留意する)
4. Avoid if possible. May inhibit lactation
(乳汁の分泌を抑制する可能性があるので、できれば避ける)
5. Avoid(避ける)
本文[PDF610KB]:http://whqlibdoc.who.int/hq/2002/55732.pdf
American Academy of Pediatrics Committee on Drugs, The Transfer of Drugs and OtherChemicals into Human Milk, Pediatrics, 108(3): 776-789, 2001
http://aappolicy.aappublications.org/cgi/content/full/pediatrics%3b108/3/776
アメリカ小児科学会が、薬が母乳に与える影響について示したガイドラインです。多くの研究報告をもとに、様々な薬と授乳への影響が示してあります。(Table1〜7に具体的な薬品名が記載されています)
Drugs in Pregnancy : SafeFetus.com http://www.safefetus.com/
Drug Seasrchのページ(http://www.safefetus.com/Search.asp)で、成分名(商品名)ごとの妊娠中及び授乳中の授乳に関する情報が入手できます。
例:タイレノール(アセトアミノフェン)情報
http://www.safefetus.com/DrugDetail.asp?DrugId=298&TradeName=Tylenol&TradeId=3307
日本ラクテーション・コンサルタント協会(Japanese Association of Lactation Consultants) http://www.jalc-net.jp/
1999年1月に設立された、国際認定母乳(ラクテーション)コンサルタント(International Board Certified Lactation Consultant, 以下IBCLC)及びその他の母乳育児支援にかかわる専門家のための非営利団体です。母乳育児Q&Aなどのページがあります。
オーストラリア母乳育児協会(ABA、Australian Breastfeeding Association)
http://www.breastfeeding.asn.au/
授乳時のカフェイン・アルコールなどの情報が掲載されています。
メルクマニュアル http://merckmanual.banyu.co.jp/
第19章小児疾患「正常な新生児、乳児、小児の健康管理」(後半部に、母乳栄養、授乳婦における薬物などの項目があります。
http://merckmanual.banyu.co.jp/cgi-bin/disphtml.cgi?c=%BC%F8%C6%FD&url=19/s256.html
第19章小児疾患「小児の薬物療法」(乳幼児の薬物動態の考え方が解説されています)
http://merckmanual.banyu.co.jp/cgi-bin/disphtml.cgi?c=%BC%F8%C6%FD&url=19/s258.html
おくすり110番 妊娠とくすり
http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_00top.html
授乳とくすり http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_02-05.html
Breastfeeding and the Use of Human Milk Pediatrics, 115(2): 496-506, 2005
http://pediatrics.aappublications.org/cgi/content/full/115/2/496
アメリカ小児科学会が2005年2月に示した、母乳で育てることについての見解です。
2012年9月25日更新