第76回アポネットR研究会報告
HOME>研究会情報>研究会報告
平成17年2月9日(水) 会場:プリオパレス(足利市)
参加者:55名(うち薬剤師24名 看護師14名)
1.製品情報
製品情報 「アロマターゼ阻害剤 アリミデックスについて」
アストラゼネカ株式会社
2.講演会
テーマ「乳がんについて」
(1)患者さんの立場から
「乳がんになって感じたこと」
栗原みどりさん
(あけぼの会・栃木支部長)
栗原さんの許可を頂いて、当日話された原稿を掲載しました
(2)医師の立場から
「乳がん治療の基礎知識」
講 師: 星野和男先生
(杏林会 今井病院・副院長)
1)患者さんの立場から
乳がんになって感じたこと栗原みどりさん
|
1.はじめに
みなさんこんばんは。いろいろな患者さんと実際に向き合っていらっしゃる先生方の前でお話できるような立場ではありませんが、一患者として、私の体験を元にお話させていただきたいと思います。
乳がん患者は、日常生活においても、こちらから「がん患者よ!」と言わない限り誰も気づかないくらい、元気そうに見られ、実際元気な患者さんが多いのも事実です。温存手術を受けた患者さんの中には、2〜3日の入院で、ドレーンをつけたまま退院なんて病院もあるようですが、実は私は最近ではありえないような、外泊期間も含めて3ヶ月もの入院生活でしたので、他の元気な乳がん患者さんと比べると、立ち直りも遅かったと思いますが、こんな人もいるんだと、患者の一例としてお聞きいただければと思います。 不慣れな上に、緊張しておりますので、お聞き苦しい点が多々あるとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します。
2.診断から現在に至るまでの経過
はじめに私の診断から現在に至るまでの治療の経緯をお話したいと思います。 私は今から8年前、33歳の時に同時性両側乳がんと診断され、一度に両方の胸を失いました。術前術後の化学療法、その後経口抗がん剤を2年、やっと薬から開放されたのも束の間、ちょうど告知から5年を迎えようとしていた時、前胸部の皮下に再発しました。
腫瘍を摘出し、左胸全体に放射線をかけ、化学療法。またフルコースの再出発をしてから3年が過ぎたところです。現在は無治療です。 残念ながら私の乳がんには、ホルモンの感受性がありませんので、ノルバデックスやアリミデックスなどのホルモン剤を服用したことはありません。再発しても、ホルモンの感受性のある方はまずはホルモン療法、第三選択くらいまであるのでしょうか?アリミデックスでしこりがわからないくらい小さくなったと言うお話を聞くと、人事ながらすごくうれしく、自分には適応にならないのが残念に思います。
3.がんと診断された時の気持ち
これまでのことを振り返って見ますと、最初の告知から術後の頃が私にとって一番辛い時期でした。最近のように、乳がんをマスコミでとりあげられることも余りありませんでしたし、家族にがん患者もいませんでした。年齢も若かったので、がんに対する知識が全くなく、『がん=死』と思い込んでいたからです。 しこりは感じていたものの、痛みがあるわけでもなく、ごく普通の生活を送っていたのが、がんと診断された瞬間から患者になり、家族を巻き込んだ自分の人生が一変しました。先生が「一緒に頑張ろう」と優しく手を差し出して下さると、映画やドラマの中で何度も見たことある主人公のように、泣き崩れる自分がいました。『よりによって左右両方にできているなんて、私は、いつまで生きられるのか?』 乳房を失う悲しみよりも、がんという言葉に怯えました。
患者さんの中には、乳房を失う悲しみが大きく、温存手術や再建を希望する方も多くいらっしゃいますし、最近は、温存手術もかなり進んでいて、しこりが4センチぐらいあっても温存できたと喜んでいる方や、術前化学療法で小さくして温存できたという人もいます。逆に、温存したことにより、再発に怯えている方もいるようですが。『私や家族は、とにかく命があればいい!!できる限り再発しないように、悪い物は全部とってほしい!!』と思いました。
ガンと診断されたなら、もう前に進むしかありません。『子供が成人するまでは死ぬわけにはいかない!死にたくない!』と思ったとき、『手術はどこで受けるべきか?』と考えました。優しく、きちっと説明してくださったA先生が信頼できないのではなく、『命にかかわる、一生付き合っていかなくてはならない病気、しかも両側手術しなくてはならないなら、設備の整った、乳がんの患者さんをより多く、乳がん専門に診ている先生に 自分も診てもらいたい』と思ったのです。無知でしたので、大きい病院良い病院なんて思っていた節もありますが。主人が毎日都内に通勤していることもあり、東京の大学病院を希望しました。A先生はいやな顔せず紹介してくださり、その後の治療も引き受けてくださったことに感謝しています。
4.術前化学療法を受けて
大学病院では混んでいてすぐに入院・手術できないということ、術後に抗がん剤をやらなくてはならないので、術前にやることによって薬の効果がわかるということで、術前化学療法を受ける事にしました。大学病院までの通院での治療は、副作用が心配ということで、A先生にお願いし、入院してのCEF療法が始まりました。
それまで半信半疑だったのが、点滴1本で本当の病人になってしまいました。 頭の中では『がんなんかに負けない!』と思っていても、夜、独りになると、死んでしまうかもしれないという悲しみや不安、薬への恐怖心、両側手術する術後の心配、すぐに手術してもらえない焦りが加わり眠れない日々が続きました。情緒不安定な私の話を、いつも「大丈夫だよ」と励ましながら聞いてくれる先生の顔を拝見すると心が落ち着きました。
でも、『周りに術前抗がん剤をやった人もいないし、同年代の人もいない、ましてや両側の人もいない。私と同じような人はいるのだろうか?元気な患者さんの姿が見たい!!』と思っていました。がんと言う言葉に敏感になり、とにかくあらゆる情報がほしかったです。当時、まだ、家にPCもありませんでしたから、本を読むことくらいでしたが。 睡眠不足という相乗作用があったからでしょうか、『こんなに薬を飲んで大丈夫だろうか?』と不安があったものの、胃薬・下剤・鎮痛剤・睡眠薬・安定剤・そして白血球を上げるお薬など薬に頼った日々が続きました。
「病は気から」と言うように、私は自分で病気を作っていたようです。何よりも心の治療が必要だったのだと後から気づきました。ホルモンレセプターがマイナスでしたが、心までもがマイナス志向になっていました。
そんな時、友人から渡された一通の手紙。友人から私のことを聞いた、やはり32歳で手術をした方からのご自分の体験を綴ったお手紙でした。私の知りたかったこと、若い患者さんの元気な姿に、生きる希望、勇気を与えてもらいました。
でも、患者さんの中には、絶対に誰にも知られたくないと思い、独りで不安を抱えている方や、がんという言葉さえ聞くのが否で、早く病気を忘れたいと思っている方もいます。
5.大学病院に入院して
2クール終って、やっと大学病院に転院。主治医の「入院してやったの?ここではみんな外来でやってるよ」の言葉に驚き、自分の弱さ、甘さを感じました。この一言で、『自分も頑張らなくちゃ!!』と、ふるい立たせてもらった気がします。しかし、 「副作用が強かったわりには、薬が効かなかったようだね。術後は薬を変えようね」の一言でまさにガーンとショックを受けましたが。確かに、1回の点滴で、しこりは柔らかく、小さくなったように思いましたが、それ以上の変化は見られなかったようです。
手術が終って目覚めた時の感動は忘れられません。けれども、胸には鉄板が入っている感覚、両腕がとにかく重く、人の助けを借りなければ何もできないと言う悲しい現実が待ち受けていました。手術が終った晩は、吐き気、そして次の日、足に点滴を入れたまま、看護婦さんに支えられ歩き始めたものの貧血で目の前真っ暗、倒れてしまう始末。その後は精神的なものだったのか、ずっと微熱が続き、結局1ヵ月半もの入院生活になってしまいました。ただ、身体は辛かったのですが、病室の皆さんと和気あいあい、おしゃべりに花が咲き、共に励ましあい、笑いの絶えない病室、状況はそれぞれ違っても、みんな癌と闘っている仲間でしたので、とても心強く、心が軽くなりました。
6.支えてくれた家族、そして苦悩
闘病生活において、最も心配し、励まし続けてくれたのは家族です。当時まだ小学生だった娘たちには、入院前に自分が乳がんで手術をすること、抗がん剤で髪も抜けてしまうことなどを話しました。そして自分にも言い聞かせるように、『お母さんは死なない!』と。娘たちは主人の実家で世話になり、私の母や主人は毎日病院へ足を運んでくれました。家族や友人みんなに励まされ、助けてもらいましたが、私を支えてくれる家族もまた、計り知れぬ苦労があったと思います。
数年経ってから母に聞いた話ですが、母は、私の病気のことを知り、やはり睡眠不足で体調を崩し、ある内科を受診したそうです。私のことを話すと、先生は、 「両方一度に手術するの?そりゃ1年持たないよ!」と言われ、余計に落ち込んでしまったそうです。患者を診ていないのに、無責任な、心無いDrの言葉に怒りを感じました。
主人は、会社と病院の往復。病室を出て帰る姿が疲れていて、だんだん細くなっていくのが目に見えてわかりました。ただ太っていたので、標準体重に近づいた感じでしたが。そして主人の実家では、寝たきりのおばあちゃんの介護をしながらの子供たちの世話。子供たちは、手紙や千羽鶴、御守りを作って私を励ましてくれました。みんなのおかげで今、私はこうして普通の生活を送れているのだと感謝しています。
我が家の場合は、ありがたいことに両親が子供たちの面倒を見てくれましたが、患者さんの中には、周りに身内もなく、子供の世話から食事の支度、全部御主人の負担になる方もいます。あるご主人は、奥さんの入院中、毎晩夢にでてくるのは、奥さんの病気のことではなく、子供に食べさせるおかずのことだったと言っていました。一家の主婦が入院となると、残された家族はホントに大変なんだと改めて思いました。
7.あけぼの会に入会して
退院後、今度は外来でCMF治療を受け始めた頃、あけぼの会に入会しました。 送られてきた書籍(右写真:当日、栗原さんより見せて頂きました)やニュースレターなどには、私の知りたかった治療法やお薬など、あらゆる情報が詰まっていました。若い患者さんや両側の方、様々な状況の方がたくさんいることに驚きました。
先日、栃木支部で新年会をやったのですが、私の他にも、両側性の方がいて、その中のお一人は、去年もう片方を温存手術したそうです。私だけじゃないんですね。みんなお元気そうで安心しました。『みんな同じ不安を抱えているんだ』と実感しました。はじめは自分と同じ病気の人が元気でいるのを見ると、それだけでうれしく安心しました。そして、再発や転移をした人、亡くなった人のお話を聞くと、自分と重なり、ものすごくショックを受けました。
でも、多くの方の闘病、癌との向き合い方を拝見していることで、自分が学習させてもらっていることに気づきました。そして治療法やお薬のことなど、自分自身の病気を知ることによって、癌と正面から向き合い、乗り越えられるパワーをもらっています。 再発した時、正面から受け止め、心を切り替えられたのも、たくさんの情報を得ていたからだと思います。
そして、白血球が上がらず、なかなか治療が進まない状況の中でも、じっくり話を聞いてくれて、患者の気持ちを受け止めてくれる先生のおかげだと思っています。それから不安を分かち合える仲間がいるからです。 ある人の言葉ですが、広い海で、小さな船を独りで漕いで荒波を渡っているとき、辛くなったり、不安になったり、でも周りを見ると、みんながそれぞれ一生懸命自分の船を漕いでいるのを見て、また自分も頑張ろうと思える、まさに私もそんな心境です。『今度はプラス志向!!先のことを心配して、泣いても答えは出ない。だったら今、自分にできることをやろう』と思いました。『人間死亡率100%!自分の人生どう生きるか!ケセラケラでいこう』と思いました。
あけぼの会では、ABCSSという病院訪問ボランティアを全国9つの病院で行っています。派遣してほしい患者さんがいると、講習を受けたボランティアが、病院で患者さんに会い、体験者にしかわからない悩みや不安を分かち合ったり、退院後の社会復帰に役立つ情報を提供したり、立ち直った実例として自分を見てもらったりするものです。私も、自分が助けてもらったように、どなたかの力になりたいと思っています。 ボランティアに来てほしい人、やりたい人はたくさんいるのですが、受け入れてくれる病院が少ないのが現状だそうです。
8.医療に望むこと→★患者さんに接する医療従事者に求められるもの
ある患者さんが、「癌医療は本当に進歩しているのでしょうか」と疑問を投げかけていらっしゃいました。温存手術が主流になり、薬も次々に開発され、使えるようになった薬がたくさんあります。EBMによる標準治療が確立し、医療技術は確実に進歩しています。新聞・雑誌・TVなどでも特集が組まれ、インターネットで簡単に最新の情報を入手でき、掲示板やメーリングリストで、治療法や薬の疑問点にも答えてくれる専門医もいます。けれども、患者の再発への不安や悩みは、昔も今も変わらない人が多いのではないかと思います。毎回ドキドキしながら検査結果を聞き、「異常なし」の言葉で安堵する。どこか身体に不調があると、再発が頭をよぎる。患者は、確実に生きていけるという保証、希望がほしいのだと思います。
最近は、20代30代の若い患者さんが増えていますが、出産を希望している患者さんも多く、ホルモン剤や抗がん剤などの選択を迫られているなど出産の悩みは深刻です。 つい最近も、30歳代前半の方からお電話があり、「先生に、抗がん剤やホルモン剤を勧められたが、これから子供がほしいと思っているし、身内から抗がん剤は副作用が強いからやらない方がいいと言われ、どうしたらよいか」という相談をうけました。また、高額な医療費の問題など、がん患者は様々な問題を抱えているのが現状です。
インフォームドコンセントという言葉を履き違えているのではないかと思われるような、何のサポートもなく、いきなり余命宣告を受けたという患者さんもいます。Drや看護師さん、お薬の先生方と、患者や家族が正面から話し合い、分かり合えること、信頼関係を築いていける医療であってほしいと思います。これから何よりも心のケアしてくれる医療現場からのサポートを期待したいと思います。
また、情報が手に余るくらい氾濫している今、患者が、確かな情報を見極めることは難しいことです。代替療法や健康食品などに奇跡を求める人も少なくありません。患者はわらをもつかむくらい必死です。薬と食品の組み合わせの良いものや悪いものとか、他の持病の薬など何種類もの薬を飲んでいる人はその組み合わせとか、薬の副作用のこととか、具体的に患者さんのニーズに合った情報をDrとの連携で、直接お薬の先生方から提供していただけようになることを患者は願っています。
最後に、ここにお配りしたティッシュは、母の日キャンペーンで配っているものです。 母の日キャンペーンとは、「乳がんで命を落とさないように!」との願いから、早期発見を訴える啓蒙活動として、毎年母の日の12時、全国一斉に行っているものです。乳がんは自分で見つけられるがん!自己検診をしましょう!と、体験者の立場から訴えています。「誇り高く美しく!」あけぼの会会員4300人の生きる姿勢です!
★本原稿は、栗原さんの許可を頂いて、掲載させていただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。
文責:小嶋慎二
あけぼの会ホームページからの引用です
★あけぼの会に入会されると、年4回発行される『AKEBONO NEWS』と、次の4冊が送られるそうです。
機関誌『曙』 | 体験集や家族の思い、講演の様子などが収録されています。 |
乳がんディクショナリー | 患者に必要な用語を患者にわかる言葉で解説した、リーフレットです。患者に親切な『乳がん虎の巻』でもあります。 |
私のカルテ | 自分の病気をよく理解し、治療経過を正しく記録しておきたいという患者のねがいからこの手帳は生まれました。名前のとおり、自分で書き込む『カルテ』なのです。 |
誇り高く美しく | あけぼの会25年のあゆみが記された本です。 |
★ABCSS(Akebono Breast Cancer Support Serivice、病院訪問ボランティア)
乳がんの手術を受けて入院中の患者さんを訪問するあけぼの会のボランティアサービスです。
退院後、速やかに社会復帰できるよう、先輩手術体験者が不安や疑問に答えるのが目的で、乳がん手術体験者のあけぼの会会員で、所定の研修を受けた方が行っているそうです。
2)医師の立場から
乳がん治療の基礎知識講 師:星野 和男 先生
|
1.はじめに
いろいろな場所で、乳がんについての講演を行うのですが、講演の翌日には必ずといっていいほど、「私は乳がんでしょうか」と心配になって私のところを訪れる人がいます。今日の話を聞いて、自分の乳腺の状態がおかしいかなと思う方は、是非しっかり聞いて下さい。
乳がんは、以前は局所の病気といわれていて、手術をすれば治るという考えで、広範囲に切除するという「拡大手術」が行われていました。しかし、実際は3年5年たってから再発するなど、治療成績が必ずしもよくありませんでした。このため最近では、発見時の患部が数ミリであっても、細胞がどこかに飛んでいる、血液の中に入っているといった、顕微鏡レベルの転移を伴っているという全身病として、乳がんをとらえるべきという考えが定着しつつあります。ただその一方で、極めて高度に進行した乳がんに拡大手術を行って、10年間再発なく、生存している症例もあるので、その人の免疫力というのも考慮すべきと考えています。
2.乳がんの進展と診断
↓ |
↓ |
一般的な乳がんは、乳管の上皮から癌が発生します(右図)。そして、乳管の中で、どんどん増殖します。
乳管の外に癌がはみ出ないで、乳管の中を伝わりますと、壊死物質などが沈着して石灰化がおこります。大きさは300μgぐらいの小さいものですが、乳がん検診のマンモグラフィーで見つけることができます。この状態を非浸潤癌とといい、この時点では絶対に転移はしません。きれいにまわりから取りさえすれば、補助治療を全く必要とせず完治します。
また浸潤する際に、削れて出血して、乳管内に血液がたまることがあります。このために、血液が出る場所がなくなって、乳頭から出ることがあります(=血性乳頭分泌)。よく、乳首の先からピンク色のものが出るとというのがこの状態です。良性の場合でも起こることがあり、非浸潤癌の可能性は30%くらいといわれています。この場合でも、小さな手術で治すことができます。
さらに1年くらい経過し、癌が大きくなると、乳管の壁を突き破って、乳管の外の間質を浸潤します。乳がんの特有の症状であるしこりを触れる、乳房に変形やくぼみがあるといった症状を示す多くの場合がこの段階で、浸潤癌といいます。ここには、リンパ管や毛細血管がたくさんあるため、ここから癌細胞がリンパ管や血管に入り込みます。ただ、人間には免疫力というのが備わっているので、始めのうちは癌細胞は殺されてしまうので問題ありません。しかし、やがて抵抗力を失うと、腋窩リンパ節(StageU〜)や、乳房から離れた肺・肝臓といった臓器や骨に転移(StageW)し、増殖を開始します。
しこりのある乳がんについては、視診・触診とマンモグラフィー、超音波検査の3つでほとんど診断がつきます。これだけで診断がつかない場合には細胞診や針生検、MRI、CT、乳管内視鏡といった検査などを行います。
3.乳癌細胞の性質・特徴と薬物療法
乳癌細胞には、女性ホルモンの栄養を受けて増殖します。そして細胞を詳しく調べると、女性ホルモンの影響を受けやすいものがあり、全体の60%を占めます(ホルモン依存性)。ホルモン依存性を有する患者さんの70%には、ホルモン療法が有効ですが、逆にホルモン依存性を有しない患者さんには、ホルモン療法は10%以下しか効きません。
また約30%の患者で、癌の増殖を促進させる、HER2(ハーツー)という特殊なたんぱく質が、癌細胞膜の表面にたくさん存在することがあります。この検査で、(+++)〜(++)の陽性が認められる場合には、HER2に特殊な抗体を結合させることで、HER2の働きを抑えて、癌細胞の増殖を抑えるという分子標的治療が行われます。現在は、トラスツズマブ(ハーセプチン)という薬が使われ、35〜70%の患者に有効と考えられています。
4.乳がん治療
局所治療として、手術治療(乳房温存手術・乳房切除術)、放射線治療が、また全身治療として、薬物治療があります。
分類 | 薬品名(商品名) | 使用法 | 作用 | |
---|---|---|---|---|
内分泌治療 (ホルモン感受性がある場合のみ) |
LH-RHアゴニスト | ゴセレリン (ゾラデックス) リュープロレリン (リュープリン) |
閉経前 | 脳からのLH-RHの分泌を抑制して、卵巣からエストロゲンが分泌しないようにする |
抗エストロゲン薬 | タモキシフェン (ノルバテックス) トレミフェン (フェアストン) |
閉経後 | エストロゲンが受容体に結合するのを妨げて、エストロゲンの作用を抑える | |
アロマターゼ 阻害剤 |
アナストロゾール (アリミデックス) メキセメスタン (アロマシン) |
閉経後 | 脂肪組織・乳癌組織におけるアロマターゼの働きを阻害する | |
黄体ホルモン剤 | 酢酸メドロキシプロゲストン (ヒスロンH200) |
閉経前 〜後 |
副腎・卵巣機能の抑制、細胞への直接作用 | |
化学療法 | CEF療法 | シクロフォスファミド(エンドキサンP)+塩酸ドキソルビシン(アドリアシン)+フルオロウラシル(5-FU) | ||
AC療法 | シクロフォスファミド+塩酸ドキソルビシン | |||
TXL治療 | パクリタキセル(タキソール) | |||
CMF療法 | シクロフォスファミド+メトトレキサート+フルオロウラシル | |||
分子標的治療 (HER2過剰発現が確認された場合に限る) |
トラスツズマブ(ハーセプチン) |
5.乳がんの治療指針
(1) | StageI、U、Vaまでの乳がんは、根治手術を行います。また、手術後にすでに全身に癌細胞の播種が生じ、2〜3年後に再発する可能性があることから、病理診断結果に応じて、術後に全身治療として乳癌細胞を殺す治療を行うことがあります。(補助治療) |
(2) | StageVb以上は全身治療の一環としての手術療法、化学療法・内分泌療法が中心となります。 |
(3) | (1)で腫瘤の大きさが3cm以下の場合には、乳房温存療法も考慮します。 |
(4) | 乳房温存術では、原則として照射治療を併用します。 |
(5) | 再発乳がんでは、化学療法と内分泌療法が中心となります。病勢が急激なときは、強力な化学療法を中心に数剤併用してでも、まず病勢を抑えることを優先します。 |
(6) | 内臓転移に対しては、化学療法剤を中心に治療を行い、治療効果を評価しつつ、継続や変更の判断をします。 |
6.がん治療に携わるものとして、医師に求められるもの
→★患者さんが医療に望むもの
私は、患者さんには常に思いやりのまなざしで接し、患者さんからの訴えは真正面から受け止め、十分に時間をかけて耳を傾け、納得するまで説明したいと思っています。そして、治療効果ばかりに気を奪われず、副作用とのバランスを考え、患者心理を先読みして、全人的治療を行うことを心がけています。
治療の主体はあくまで患者さんであり、がんと闘っている患者さんの勇気には敬意を払いつつ、患者さんの意志を尊重した積極的な治療指導をを行うことが必要と考えています。
7.がん患者さんに接する、薬剤師(医療従事者)に望むこと
しばしば、患者さんは私たちとの会話の中で、自身で「がん」という言葉を使うことがあります。しかし、患者さんが「がん」という言葉を使ったとしても、医療従事者は「がん」という言葉を安易に使わないようにして下さい。また薬の説明も、患者さんに不安を与えないように、「腫瘍治療薬、または腫瘍の再発を防ぐための薬です」という表現を用い、副作用についても、強く説明しすぎないようにして下さい。また、説明の際には、手術不能のため行われている抗がん化学療法なのか、根治手術後の補助治療としての抗がん化学療法なのかを区別して考えるようにして下さい。
がん患者さんの訴えには、なるべく耳を傾けましょう。このことにより治療の円滑化につながります。しかし、だからといって、同情と受け取れる言葉は投げかけないようにしましょう。差別に受け取られる場合があるからです。何よりもがんを克服しようと努力している患者に対し、敬意の念をを持って接することが大切です。
★本稿を作成するにあたって、きょうの健康2004年9月号の特集を参考にしました。
文責:小嶋慎二