コンコーダンスとは
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1.コンコーダンスが生まれた背景
今年になって、文献1.2で紹介されている、英国生まれの『コンコーダンス』という概念に注目したい。
私たちは、薬歴作成時など、患者さんの「コンプライアンス(compliance)」が良いか、悪いかということにこだわりがちではないだろうか? しかし、この日常用いる「コンプライアンス」という言葉には、規則や権威ある人の要求・命令に従うという意味がある。「コンプライアンスがよい患者」とは「医療専門職の治療計画や指導に服従する患者」にすぎないのである。
しかし、患者たちはこの10年で、インターネットをはじめとして、病気やくすりに関する情報を容易に入手できるようになり、自らの治療は自らの意志で決定することが可能となった。患者と医療専門職の関係は大きくかわりつつあり、もはやコンプライアンスの改善のみが、最良の医療とは言いがたくなっているのである。
また、メルクマニュアル家庭版によれば、コンプライアンスが守れない理由として以下の点を挙げていて、
- 副作用の経験があるため、治療が病気を悪化させるような気がした
- 病気を否定したい、診断された病気やその重大さを忘れたかった
- 薬が役立つことを信じていなかった
- 病気がもう十分治療されたと誤解した
- 有害な結果や薬への依存に対する恐れ
- 良くなることへの無関心、無気力
コンプライアンスを改善するには、患者の内面の問題や、薬や治療に対する信念や捉え方にも留意することが必要と考えられるようになっている。
英国王立薬剤師会(Royal Pharmaceutical Society of Great Britain : RPSGB)は、こういったノンコンプライアンスの背景を調査・研究し、 1997年、“From Compliance to Concordance: achieving shared goals in medicine taking”(このレポートは、http://www.npc.co.uk/med_partnership/about-us/history--context.htmlより入手可能)という報告書を発表した。そして、服薬における患者さんと医療専門職との新たな関係のあり方として、「コンプライアンス」という言葉から,今後は「コンコーダンス」という言葉を使うようにと提案したのである。
2.コンコーダンスとは
“concordance”を辞書で引くと「調和」「一致」という訳語しか出てこないが、英国medicines-partnershipでは、“A process of prescribing and medicines”(患者との協力関係に基づく薬の処方と使用のプロセス)と定義されていて、次の3つの要素があるという。
- Patients have enough knowledgs to participate as partners
患者がパートナーとして参加する上で十分な知識をもつ - Prescribing consultations involve patients as partners
処方の際のコンサルテーションに患者がパートナーとして参加する - Patients are supported in taking medicines
患者による薬の使用を支援する
日本語訳は、コンコーダンスとは:患者を指導する時代からパートナーにする時代へ,
Pharmavision 8(10), 4 (2004) より引用
では、従来のコンプライアンスとどう違い、どのような医療専門職-患者関係になるのであろうか? 具体的ケースで示したい。
compliance model コンプライアンス・モデル |
concordance model コンコーダンス・モデル |
|
---|---|---|
1.Doctor decides diagnosis and treatment 医師は診断と治療を決定する |
→ | Doctor and patient negotiate diagnosis and treatment 医師と患者が診断と治療について、合意に達するまで話し合う |
2.Doctor’s task is to explain and instruct 医師のなすべきことは説明と指示である |
→ | Doctor elicits, explains, persuades and accommodates 医師は、患者の話を聞きだし、説明し、納得させ、その結果に適応させる |
3.Patient’s task is to comprehend 患者のなすべきことは理解できる |
→ | Patient explains, considers and accommodates 患者は、(医師に自分の状況や希望などを)説明し、(選択肢について)考慮し、合意に達した結果に適応する |
4.Successful outcome is compliance 成功した場合のアウトカムとは、 コンプライアンスである |
→ | Successful outcome is a negotiated agreement 成功した場合のアウトカムとは、話し合いの結果、合意に達することである |
5.The extent to which patients take medicines according to the prescribed
instructions 患者が処方時の指示に従っているかどうかが問題である |
→ | Shared decision making about medicines between a healthcare professional and a patient, based on partnership, where the patient’s expertise and beliefs are fully valued 医療専門職と患者がパートナーシップの基盤に立ち、患者の持つ病気や治療についての経験や信念を重視し、一緒になって薬に関する意思決定を行う |
Introduction to Concordance and Medicines Partnership (December 2003)より
日本語訳は、at a glance・・・, Pharmavision 8(10), 表紙2(2004)より引用
また文献2では、コンコーダンスを「服薬における協力関係」「治療同盟の構築」と定義し、次の3つの重要な要素があるという。
- 医療専門職と患者との間で、両者間で明確な意見を一致を含む。意見が一致したと片方が思ったとしても、それでは十分ではない。
- 医療専門職の方が客観的で熟達していて合理的であると考えたり、患者の方が主観的で無知で不合理であると考えることはできない。患者も医療専門職も、それぞれが異なった意見を持つことについての権利を尊重し、反対意見を受け入れるなど、コンコーダンスは相互に相手の意見を尊重することを基盤としている。
- コンコーダンスでは、患者に決定権を与える。患者が医療専門家に決定を委ねたいと思うならそれもよい。しかし、もし患者と医師との意見が相違する場合には、患者の見解を優先させる。薬を服用することは一種の実験であり、患者が希望する場合のみ、それを実施することができる。
3.アドヒアランスとコンコーダンスの違い
一方、英国以外の各国やWHOでは、コンプライアンスに代わるものとして「アドヒアランス(adherence)」という概念が広く用いられている。“adherence”を辞書で引くと「固守」「忠実」「支持」といった、complianceと同じような訳語が出てくる。しかし、医療の現場では、「患者が治療方法の決定過程に参加した上で、その治療法を自ら実行していくことを目指すもの」として、WHOでは、「ADHERENCE TO LONG-TERM THERAPIES: EVIDENCE FOR ACTION」として、喘息、癌(疼痛ケア)、うつ病、糖尿病、てんかん、HIV / エイズ、高血圧、喫煙、結核の9つについて、アドヒアランスを取り入れた取り組みが行われている。
我が国では、服薬方法が複雑で、副作用・相互作用も多く、さらには経済的な負担が大きく、服薬継続に必要な治療情報やライフスタイルへの配慮が必要な、HIV感染症患者に対する服薬援助のあり方として、広く用いられているが、最近では服薬指導や看護の現場でもこの概念がとり入れられつつある。
しかし、もともとアドヒアランスはコンプライアンスの維持・向上のために志向された概念であり、患者の主体性を認めず、医療専門職の決定に従わせるという側面もある。このため、英国ではコンプライアンスとアドヒアランスにはあまり相違はないという指摘も多い。
アドヒアランスとコンコーダンスの違いは、前述のコンコーダンスモデル5に示したように、医療専門職と患者がパートナーシップの基盤に立ち、患者の持つ病気や治療についての経験や信念を重視し、一緒になって薬に関する意思決定を行い、薬を使用するかどうかも含めて、最終的には医療専門職の決定よりも患者の決定を第一に尊重するといった、「対等、患者への敬意、患者の自主性を基にした、患者とケアチームによる治療同盟」といった点が挙げられる。
こういった背景には、私的保険がほとんどを占める米国(エビデンスに基づいた、効率的医療)と、NHS制度に支えられる日本でいうところのかかりつけ医師-患者との関係の違いが大きいのではないかと想像できる。
4.薬剤師はコンコーダンスにどう関わるか
コンコーダンスの実現には、医療専門職のみならず、医療専門職と患者との連携や協調といった、協力関係(partnership)が不可欠であることはいうまでもない。そして、薬剤師にも独自の取り組みが求められると考えられる。特に、薬の使用に関する意思決定に関する項目については、薬剤師が積極的に関わる必要があると考える。
この考えに従えば、薬剤師は常に他の医療専門職と薬物治療について話し合うことが必要であると同時に、患者さんから「薬を服用するか否か」の判断を求められた場合には、薬剤師は医師の処方意図を説明したうえで、最終的には患者さん自らが決定を行えるように、薬剤師の立場での患者さんへの「援助(適切な情報の提供)」や、その決定への「支持」と「理解」といったことが、このコンコーダンス・モデルでは求められるのではないかと考える。
具体例をあげるなら、リスク要因がない女性患者から、「総コレステロール値が,ガイドラインより高いという理由で,医師から薬剤の服用を勧められたが、私(患者)が得た情報では、必ずしも薬剤を必要としないと思うが、薬剤師さんは服用したほうがよいと考えますか」と尋ねられたときに、患者さんに「確かにそういう意見(情報)もあります。私は、あなたの意見を支持します」と答えるということになるのだろうか。
実際、英国の薬剤師たちは、コンコーダンスが実現すると将来、どの薬を使うべきかを決めるために、医師が患者を薬剤師の所に向かわせ、アドバイスを求めることになるのではないかと考えていて、現在、インターネットなど、あらゆる場を通じて、独自に構築した情報を、患者・国民に広く提供しようとしていることがうかがわれる。
やはり、我が国でもこれらを実現するには、薬に関する情報(EBMなど、科学的根拠に基づいた客観的な情報)を収集整理し、医師その他の医療専門職のみならず、患者にも理解できる“薬剤師独自の情報”の発信が求められるとともに、これらを伝えるためのコミュニケーションスキルとの向上いうものが重要になっていくのではないだろうか。
英国では、すでに2003年末までに初期の啓発を終えて、現在は2007年5月までの実現を目指して、病態別のプロジェクトを実行する具体的な試行段階に入っているという。日本でも、ファーマシューティカル・ケアの機軸として、もっと「コンコーダンス」を注目すべきではないだろうか。
文献:
1.本島玲子:患者を指導する時代からパートナーにする時代へ, Pharmavision
8(10), 2-6 (2004)
関連ウェブページ:http://www.pharmavision.co.jp/top/public/kaigai/no0005.htm
2.J.A.ミュア・グレイ:患者は何でも知っている-EBM時代の医師と患者, 中山書店, 182-183 (2004)
3.福島雅典監訳:メルクマニュアル医学百科家庭版,日経BP社, 89 (2004)
4.medicines-partnership : http://www.npc.co.uk/med_partnership/
5.繻エ健:HIV感染症患者に対する服薬援助, エーザイ Hosho(3), 12-13 (2001)
6.アドヒアランスについて:医薬品情報21
http://www.drugsinfo.jp/contents/qanda/a/qaa10.html
最終更新日:2004年12月7日 (2007年3月17日、リンク先修正)
(文責:小嶋慎二)