2014年9月

戦争(敗戦)

yasukuni2 例年、8月を迎えると必ず考えさせられる事に第2次世界大戦終戦(敗戦)がある。すると沖縄地上戦、東京大空襲、広島・長崎の被爆なども同時に思い起こされる。私は終戦の翌年に生まれた者であり、これらの大惨事に直接遭遇した訳ではないが、実録フィルム、書物、映画等からこの悲惨さを知った。東京大空襲は一夜にして、死者10万人を超えるほどの“大虐殺”とまで報じられたが、我が日本も海外侵略を目的とし、規模の差異こそあれ他国に対し、やはり同様の攻撃を行った点は否定できないだろう。戦争にも一定のルールはあったようだが、実際は無きに等しい、と言える内容だった。日本人の国内外での戦争による犠牲者は、老若男女を合わせて300万人を有に超え、膨大な数に上ってしまった。私は特に、沖縄の実録フィルムにおける日本人の無残な姿を痛々しく思っている。家族や隣人が目の前で血だらけとなってバタバタ倒れ、恐怖におののいてブルブル震える男児の姿は、目に焼き付いて忘れる事ができない。この子は果たして生き抜く事ができたのだろうか?-と。
 終戦から69年となった15日の全国戦没者追悼式では、遺族たちの間に「日本はまた戦争ができる国になるのではないか」と心配する声が広がっている(下野新聞報道)―と。この追悼式における安倍首相のあいさつに「不戦の誓い」がなかった事も印象深い。最近、憲法第9条(戦争放棄)の考え方が政府の閣議決定を経て見直しされたが、日本がもし「集団的自衛権」を行使した場合を危惧するのは当然、私だけではないはずだ。

全国高校野球

glove 第96回目を迎えた全国高校野球選手権大会。これも毎年8月の恒例行事だ。甲子園球場では全国から選ばれた49校の若人が、今年もまた新たな“ドラマ”を数多く展開してくれた。
 私は高校2年・3年時、卓球競技でインターハイや全日本ジュニア選手権に栃木県代表として出場していたが、当時も高校野球の社会全般の扱いは別格に高いものだった。しかし、種目は異なってもスポーツの精神は同じであり、このテレビにより自身の青春が何回となく重なった。
 私はテレビでこの頃、プロ野球はあまり観戦していないが、なぜか高校野球だけは観る。若人が母校や郷土の期待を背負い、純粋に心身を精一杯燃やし、最後の最後まであきらめず、歯を食いしばって戦う姿勢が何とも美しいからだ。今年もまた、後半戦の逆転による決着が多かったのも甲子園ならではの特徴に思える。
 各チームの選手・監督・コーチはもとより応援団、いや、もっと多くの関係者を含め、勝っても負けても涙を流す顔々には、邪心が全く感じられない。私はここに大きな感動を覚える。栄光を獲得したのは大阪桐蔭高校だったが、私たちに“濁りのない光”を放ってくれた出場校すべてに“ありがとう”と感謝したい。「君たちはスポーツマンでしか味わえない悲喜を知る幸福者。君たちの前途は必ずや明るい」と言ってやりたい。