2014年2月

足利市役所

足利市役所庁舎 時々、地元の市役所本庁へ行く。私が職員・市議として40年近く通った、言わば活動の拠点だった。思い出も多い。久し振りのためか、どの職場でも暖かく迎え入れてくれる。もっとも、職員の市民に対する接遇のあり方の基本中の基本ではあるのだ―が。
 私は28年ほど前から、人事課で職員研修の責任者を6年間務めたが、この時入所した新採用職員の大半が、概ね40歳~50歳のスパンにあって中堅幹部職員。彼らの逞しく成長した姿に接するたびに感慨無量である。公務員は公務員なりにドラマの中の役割を演じていて多分、時として泣いたり、笑ったり、怒ったり、我慢したりしている日々であろう―と。
 エレベーター内の案内表示を見ると、4階の市長室が目に入る。ここに和泉君がいる―。同じWマンとして彼を知るが、特に学生時代の彼の印象・好感度は高く、記憶がよみがえる。ほぼ50歳になったか―。人柄がいいだけに心配もするが、A社で揉まれただろうから大丈夫―と。市長職は“市役所統括本部長・最高責任者”である。
 この世代のパワーを中心に、これからの足利のまちを牽引し、創造されたい、頑張れ!―と、心に叫んだある日。

映像のまち

 足利の「映像のまち構想」に市民の関心が高まってきた。和泉市長のブログに抱負が述べられているが、昨秋あたりから適時、新聞報道が活発になってきた事もあろう。1月の定例記者会見でも市長は「超えなければならないハードルはあるが、一つ一つクリアしていきたい」と、これに取り組む意欲を示している。
 私は姉妹都市・鎌倉の古民家オーナーと交流があり時々、情報交換をしている。東京に近く、魅力あるロケーションを数多く有する湘南地域だが、最近は各種撮影エリアとして少々衰えを見せている、との事である。物価、施設等使用料、東京との道路網の交通渋滞、行政や住民の撮影に対する理解・協力度等において、“当然”として利用されてきた地域にも異変が起こっているらしい。また、東京での撮影環境も低下している事を耳にする。
 足利の場合、大規模撮影スタジオを誘致し、これを中核施設として、まち全体に波及効果を齎そうとするものであり、私は面白い構想と受け止めている。映像は未来永劫、進化しつつ継承され、社会から消えてなくなるものではない。この構想が実現すると、おそらく東京を中心とする人・物・金の動きが、足利市域で活発化するだろう。さらに私は、何よりも、これを起業する人物が足利出身である事を見逃してはならない、と思っている。
 「公共と民間の(節度ある)共生」は私の持論である。たとえ行政と株式会社とのジョイントであっても、これが市民に広く利益を生じさせる狙いがあるならば、思考レベルの低い“市長選論議”や“政党政治論”などは超越し、まさに「地方自治の理念」に基づき、私たち市民は、等しくこの構想を応援しても良いのではないか。
 ただし万一、この構想が特定の議員等の利権の対象として進行するような場合は、水泡に帰する事もあり得るので、行政目的・効果をより明確に表すとともに、この件に十分留意して臨まれたい、と老婆心ながら付記しておく。

再生可能エネルギー

 原発問題については、今でも毎日のように新聞やテレビ等で報道されている。言うまでもない。多くの国民の再生可能エネルギーへの期待は年々、日に日に高まっている事は間違いない。私たちの社会では、苦い経験によって賢くなれる事が多い。
 2011年8月、法律で再生可能エネルギー固定買取制度が成立して以来、バイオマス・風力・水力・地熱源等を用いての発電事業は、急速に進展している。「脱原発」の“方向”に私も大賛成だ。いずれは国家・国民のため、太陽光を含め、いわゆる自然エネルギーが日本列島を守るべきと思っている。
 1992年、世界的に著名な経営学者であるピーター・ドラッガーは、著書「未来への決断」で将来を的確に予測した内容を記述している。この中で、4つの成長市場の2番目に「再生可能エネルギーへの転換」を挙げているのは驚きだ。今から20年以上前の公表である。
 我が国の場合、ほぼ荒廃した森林が国土の約70%を占めているが、例えば木質バイオマス発電の普及が一層進めば、国土の適切な環境保全も並行して果たせる、一石二鳥的効果が生まれる、との論理に至る訳だが、どうだろう―か。