2014年10月

木質バイオマス発電

マンゴーの木

バイオマス発電の熱利用でマンゴー栽培

 私は9月11日(木)、渡良瀬川流域森林・林業活性化センターとみかも森林組合が共催事業として企画した「那珂川バイオマス(株)視察調査」に参加した。足利市林業振興会会長と同県南組織の副会長の立場にある私は、かねてより木質バイオマス発電には興味を抱き研究していたので、積極的に臨んでみた。
 バイオマスとは、木くずなどの動植物から生まれた再生可能な有機性資源の事を言う。栃木県矢板市を本拠とする(株)ト―センは、国産の木材を扱い、北関東を中心に幅広く「木とともに地球環境を考える企業」として躍進しているが、新たなビジネスモデルとして同社がスタートさせたのが那珂川バイオマス発電所である。
 この発電所は中学校廃校の跡地・跡施設に形成され、全体では15億円規模の投資だったようだ。国などの補助金があるにせよ大胆なチャレンジであり、頼もしい。発電量は2,500kWだが近々、同社は日光・今市地域においても5,000kWの発電所の設置計画を確定しており、バイオマス社会の実現に向けて意欲的だ。なお県内には、ト―セン以外の会社もバイオマス発電所を設置するとの情報もあり、最近は“脱・原発”を志向した、いわゆる自然エネルギーの開発は、栃木県内に限らず全国各地で活発化しつつあるように思える。
 この林地残材や製材過程から出るバイオマスをエネルギー源として稼働する発電プラントは、発電過程で発生する熱を再び製材工場へ戻して木材の乾燥に利用する「エネルギーのサプライチェーン」となっている。また、発電プラントで出る灰は土地の土壌改良、発電時の蒸気は周辺のビニールハウスで農作物栽培に―と。すでにマンゴー栽培やウナギ養殖事業は現に進行していた。
 昔の森林は杉・桧、クヌギ・コナラ・サクラ・クリの木等々、国産の木材が人々の生活やビジネスの分野で多岐にわたって利用され日常、社会に広く流通していた。とりわけ雑木林を構成する木々は、燃料(薪)として飯・湯・風呂などにも欠かせないものだった。よって、好ましい森林環境が保持されていたのだが現在、全国の大半の森林の荒廃した状態を憂えているのは私だけではないだろう。
 同社は伐採された木々等を無駄なく使いきる事を目標としているが、特に現代版の燃料として、木質バイオマス発電のため国産の木材を適切かつ有効に活用する事が進展したら、かつての美しい里山が戻ってくるかもしれない、また、エネルギーの原発依存度をできるだけ下げていく事も時代の要請である、と私は思っている。

アジア大会雑感

tabletennis2 韓国・仁川でのアジア大会。“アジアのオリンピック”は、やはり4年に1回だ。しかもテレビではバレーボール女子やテニス・錦織の国際試合の放映も加わり、9月中旬以降の私は、寝不足の毎日が続いていた。特に日本がメダル獲得を重ねる水泳、体操、サッカー・フェンシング・バドミントン・陸上・レスリング競技などで興奮状態になったが今回、卓球女子団体が決勝戦に進出したので30日(火)の夜は、自身の事のようにさらに夢中になった。相手は世界で無敵を誇る中国であり、どこまで善戦できるかーと。結果は1-3だったがしかし、内容的にわずかながらも日本の“進歩”を感じる事ができたのは幸いだった。とにかく卓球を“国技”とした中国の壁は厚い。
 昔、卓球王国日本を打倒するため研究開発された、中国式前陣速攻型の選手が今や世界の主流を占めている。ラケットは丸型でシェークハンドグリップ、両面に特殊ラバーが定着、台の近くでフォームは小さく、フォア・バックの両ハンドを駆使し、打点は高く、無駄な動きをせず、スピードと変化球で先手、先手と優位にゲームを主導する。身体能力に優れる一方頭脳も明晰だ。かつての日本型とヨーロッパ型の良い点をミックスさせながら独自のスタイルを確立したが、極めて合理的、理想的卓球を中国が成熟化させてきたと言えるだろう。私はここ40年以上にわたり男女とも、国際試合の大事な場面で中国が敗れたという記憶がない。
 ふと、スポーツに国境はない事、また、国レベルで日中国交正常化に向けた“ピンポン外交”の実績が、歴史にしかと刻まれている事を思い起こす。そして―。
 私は1978年(昭和53年)5月に予定する、足利市民体育館落成記念行事として「日中交歓卓球大会」の開催を提唱した。「君がいるからね」―と、当時の町田助役、長竹市長の承認を得る事ができた。「400万円以上の経費がかかりますが、200万円だけ市の一般会計で予算化をお願いします。あとの経費は私ども地元卓球連盟が入場券で必ず調達します」―と。実施に向けて半年間、信頼する仲間とともに日夜真剣に準備に取り組んだ事を覚えている。私は前年12月、日本卓球協会専務理事(早大OB)から中国卓球選手団がその頃訪日するとの情報を掴んでいたが、それまで北関東では未開催だったためか、成功は間違いなしと自信めいたものを密かに心に抱いていた。私は何としても実現したかったのだ。結果、入場券は開催10日前に完売、この足利大会は公式戦としてNHK総合テレビ(解説・元世界チャンピオン荻村伊智朗)で2時間の生中継、また、日本男子が5-4で珍しく勝利し、日本卓球界や足利市民の間でビッグニュースとなった。この直後の7月、町田助役を団長とする第1次日中友好足利市各界代表訪中団が北京を訪問した際、この時の中国選手団幹部がレセプションに同席し歓迎してくれた、と聞き及び嬉しかった。その後、足利は中国の済寧市(曲阜・孔子生誕地)と友好都市締結に至っている。
 なお、日中交歓卓球大会の開催を契機に、日本体育協会並びに日本卓球協会と足利との信頼関係は深まり、翌々年の栃の葉国体(足利ではレスリング・ラグビー・卓球競技、炬火リレー、八木節等集団演技)は成功裏に終了する事ができたのである。
 今回のアジア大会の観戦によって私は、過去の地方における“ピンポン外交”の一端を思い出す事ができた。当時は警察をはじめとする関係機関に対し、中国や日本選手団のメンバー・滞在スケジュール・ホテルの部屋割・関係者一覧表などを提出する等、緊張の連続の中で行われたものだった。これも私にとっては“人生の1ページ”と言える出来事だったかもしれない。
 最近のアジア圏における我が国の政治面での国交関係は、残念ながら良好とは言えないようだ。私には解らない。日米関係を基軸とする日本ではあるが、中国、韓国、北朝鮮等との関係は一体どうなっていくのだろうか。