10月~11月

御嶽山噴火の犠牲者多し。ご冥福を心から祈る。
体操の内村航平、世界選手権個人総合5連覇。あっぱれ!
ノーベル物理学賞に赤崎、天野、中村氏。LEDは幸福の灯り。
東京オリンピックから50年。2020年は再び東京へ。私は満74歳になる年。

政治とカネ

money01 連日、テレビ・新聞等で報道されている国会議員に関わる政治とカネ、選挙とカネの諸問題。首長(知事、市長等)や地方議員(県議、市議等)とて無関係ではない。こうして明るみに出るとまたまた国民の政治への不信感は高まるものだ。事件が起きるたびに“反省”として公職選挙法や政治資金規正法が何回となく改正されてきたが、私は人間社会の永遠のテーマになってしまう恐れがあると思っている。
 政治家(政治を志す者)の寄付行為、また、政治団体のいわゆるガラス張り経理等、関係法令は禁止・制限、公表等を規定しているが、“ザル法”(抜け穴の多い法律)と言われる面もあり、なかなか望ましい姿にならないのが現況だ。法律は国会議員で構成する国会が制定・改正するものであり何ともいたし難い。中学生でも解るような正しい金銭の出納感覚がないのが残念でならない。国政を担う政治家とこの周辺の人材のお粗末な実態が今回も暴露された。運の悪い者が馬鹿をみる、といった古い論理がまだまだまかり通っているようにも見える。
 どんなに関係法令を改正しても、また、国民の税金から政党交付金を捻出しても、カネをかけなければ当選しない、政治や選挙にはカネがかかるからカネを集める、あるいは密かにカネを蓄える等々―と。昔は“井戸塀政治家”(身銭ばかり切って井戸と塀しか残らない政治家)は偉人とされたそうだが、現代の政治家はこの地位を利用して資産を増やしているのではないかと、多くの国民に疑惑を持たれている状況下にある。各種選挙における投票率の低下が著しい昨今だが、この棄権者には「ふさわしい候補者がいない。政治・選挙は汚いもの」と思っている有権者も多い。
 政治家は選挙の事を1日たりとも忘れる事がない。選挙を越えなければ自己の政策が水泡に帰する事を本人が1番良く知っているのだ。政治家、とりわけ国会議員は、優れた秘書や選挙参謀に恵まれなければ、今般の一連の事件のように悲劇を誘発してしまう事になる。
 見方を変えると政治家の体質=国民(有権者)の体質、とは言えないだろうか。心底がいやしい―と。基本的に国会議員、首長、地方議員を問わず適用されるのが公職選挙法や政治資金規正法である。
 あれから早くも15年以上が経過したがー。
 私は過去に自身の地方選挙をやった事がある。臨む前、公職選挙法と政治資金規正法を読んだ。ポイントと思える条文・解説には何回となく目を通して頭に叩き込んだ。しかし実際、臨戦態勢に入って感じた事は、有権者が驚くほどこれに無知だった事である。関係法令と現実のギャップにうんざりして身を引く事まで考え、出席を予定していた新年会等をすべてキャンセルした。私の“人間不信”の状態は数十日間続いたのである。あの時、それ以前、あれほど政治・選挙とカネに関わる事件が多発し、国民の顰蹙(ひんしゅく)を買い、関係法令が改正されたにも関わらず、経験則に基づく選挙手法をあたかも“常識”のように扱う御仁が身の回りに何人もいたのだ。私の選挙経費として法定費用の倍以上のカネを提示した人もいたが、この人たちはやがて退いていってしまった。今は多分、分かってくれていると思っているがー。「松村候補の地元・地区は小さく、当選は難しい。私どもは500票持っているのでこれに○○万円をー」と、私の選挙事務所に来所した人たちもいたらしい。選対の林副本部長から「ルールを守るとする、松ちゃんの考えに合わない要請と判断して帰ってもらった」と、事後にご報告をいただいた。さすがに林敬一郎先輩(元足利市企画部長)、この時は嬉しかった。
 足利市議選は、私の方針をご理解願った支持者のお陰で何とか滑り込みセーフに漕ぎ着けたのは幸いだった。ただし爾来、選挙が不得手な松村と、世間からレッテルを貼られてしまった―が。
過去には「県議が自宅の建築費を払わない」「市議に福祉施設のカネを使い込みされた」「ゆすりたかりが得意の職員が建設部長になった」「障害者を騙して不正にカネを得る人が自治会長になった」等々、公職にある人の良からぬ話が当地方にも随分飛び交った。果たして現在はどうなっているだろうか。1日も早く、みんなでまともな社会にしたいものである。

中村修二氏の過去の訴訟に思う

signal_blue ノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏が青色発光ダイオード(LED)の特許権の確認などを求め、開発時に在籍していた日亜化学工業に起こした訴訟は「発明の対価」に対する考え方で多くの話題を呼んだ。最終的に約8億4千万円を会社(日亜)が中村氏に支払う事で和解が成立し決着したが、「無理やり和解に追い込まれた。日本の司法は腐っている」と、当人の本音は不満足だったようだ。現在の中村氏は「米国籍」となっている。
 例えばプロのスポーツ界や芸能界は、競争も激しいが個人能力に対する評価の色が強い。ゴルフ・野球・サッカー等の選手、歌舞伎・映画俳優、歌手、テレビタレント、美術・工芸家等、一芸に秀でた人への報酬額は桁違いに高い。また、医師・教授・教員等、有資格者も社会から一定の評価を受けている。我が国の課題は、企業等組織における個人の貢献度の扱い、評価の在り方だったのではないか。バブル経済崩壊後、ジワジワと能力主義へと変化しているようではある―が。
 この裁判で着目された点は「企業能力」か「個人能力」かの観点である。裁判で日亜が「個人の対価はゼロ」を主張し続けたが、結果は中村氏が主張した「個人能力」に一定の評価が下された、と見ていい。ここが重要なのだ。私は個人の技術・見識・人脈等が企業等組織に利益をもたらした事が客観的に認められるものならば、この個人を高く評価すべきと思ってきた。従来、欧米は個人能力を重視し、日本は集団能力を重視していた。それぞれ一長一短ではあるが、我が国の企業等組織はなかなか個人を認める風土が乏しかった。女性だから、若いから、勤続年数が短いから、集合力の成果等々を理由に、個人能力よりも集団能力を評価基準の中心に据えてきたのである。1人のスターをつくるよりチーム力で勝負すべき―と、大方の企業等組織はこうだった。これにより勤続年数=貢献度、年功序列型人事・報酬制度の採用―と。しかし、グローバル経済社会の到来もあってか、少なくとも個人を軽視しないようにはなった。
 私は決して集団能力を否定する者ではないがこの“中村事件”は、企業等組織における個人能力を的確に評価すべき事を示唆したものと認識している。我が国の研究者等の1つの“道しるべ”として真摯に捉えている。勇断を持って訴訟に及んだであろう中村氏に拍手、喝采を送る者の1人である。

木質バイオマス発電

マンゴーの木

バイオマス発電の熱利用でマンゴー栽培

 私は9月11日(木)、渡良瀬川流域森林・林業活性化センターとみかも森林組合が共催事業として企画した「那珂川バイオマス(株)視察調査」に参加した。足利市林業振興会会長と同県南組織の副会長の立場にある私は、かねてより木質バイオマス発電には興味を抱き研究していたので、積極的に臨んでみた。
 バイオマスとは、木くずなどの動植物から生まれた再生可能な有機性資源の事を言う。栃木県矢板市を本拠とする(株)ト―センは、国産の木材を扱い、北関東を中心に幅広く「木とともに地球環境を考える企業」として躍進しているが、新たなビジネスモデルとして同社がスタートさせたのが那珂川バイオマス発電所である。
 この発電所は中学校廃校の跡地・跡施設に形成され、全体では15億円規模の投資だったようだ。国などの補助金があるにせよ大胆なチャレンジであり、頼もしい。発電量は2,500kWだが近々、同社は日光・今市地域においても5,000kWの発電所の設置計画を確定しており、バイオマス社会の実現に向けて意欲的だ。なお県内には、ト―セン以外の会社もバイオマス発電所を設置するとの情報もあり、最近は“脱・原発”を志向した、いわゆる自然エネルギーの開発は、栃木県内に限らず全国各地で活発化しつつあるように思える。
 この林地残材や製材過程から出るバイオマスをエネルギー源として稼働する発電プラントは、発電過程で発生する熱を再び製材工場へ戻して木材の乾燥に利用する「エネルギーのサプライチェーン」となっている。また、発電プラントで出る灰は土地の土壌改良、発電時の蒸気は周辺のビニールハウスで農作物栽培に―と。すでにマンゴー栽培やウナギ養殖事業は現に進行していた。
 昔の森林は杉・桧、クヌギ・コナラ・サクラ・クリの木等々、国産の木材が人々の生活やビジネスの分野で多岐にわたって利用され日常、社会に広く流通していた。とりわけ雑木林を構成する木々は、燃料(薪)として飯・湯・風呂などにも欠かせないものだった。よって、好ましい森林環境が保持されていたのだが現在、全国の大半の森林の荒廃した状態を憂えているのは私だけではないだろう。
 同社は伐採された木々等を無駄なく使いきる事を目標としているが、特に現代版の燃料として、木質バイオマス発電のため国産の木材を適切かつ有効に活用する事が進展したら、かつての美しい里山が戻ってくるかもしれない、また、エネルギーの原発依存度をできるだけ下げていく事も時代の要請である、と私は思っている。

アジア大会雑感

tabletennis2 韓国・仁川でのアジア大会。“アジアのオリンピック”は、やはり4年に1回だ。しかもテレビではバレーボール女子やテニス・錦織の国際試合の放映も加わり、9月中旬以降の私は、寝不足の毎日が続いていた。特に日本がメダル獲得を重ねる水泳、体操、サッカー・フェンシング・バドミントン・陸上・レスリング競技などで興奮状態になったが今回、卓球女子団体が決勝戦に進出したので30日(火)の夜は、自身の事のようにさらに夢中になった。相手は世界で無敵を誇る中国であり、どこまで善戦できるかーと。結果は1-3だったがしかし、内容的にわずかながらも日本の“進歩”を感じる事ができたのは幸いだった。とにかく卓球を“国技”とした中国の壁は厚い。
 昔、卓球王国日本を打倒するため研究開発された、中国式前陣速攻型の選手が今や世界の主流を占めている。ラケットは丸型でシェークハンドグリップ、両面に特殊ラバーが定着、台の近くでフォームは小さく、フォア・バックの両ハンドを駆使し、打点は高く、無駄な動きをせず、スピードと変化球で先手、先手と優位にゲームを主導する。身体能力に優れる一方頭脳も明晰だ。かつての日本型とヨーロッパ型の良い点をミックスさせながら独自のスタイルを確立したが、極めて合理的、理想的卓球を中国が成熟化させてきたと言えるだろう。私はここ40年以上にわたり男女とも、国際試合の大事な場面で中国が敗れたという記憶がない。
 ふと、スポーツに国境はない事、また、国レベルで日中国交正常化に向けた“ピンポン外交”の実績が、歴史にしかと刻まれている事を思い起こす。そして―。
 私は1978年(昭和53年)5月に予定する、足利市民体育館落成記念行事として「日中交歓卓球大会」の開催を提唱した。「君がいるからね」―と、当時の町田助役、長竹市長の承認を得る事ができた。「400万円以上の経費がかかりますが、200万円だけ市の一般会計で予算化をお願いします。あとの経費は私ども地元卓球連盟が入場券で必ず調達します」―と。実施に向けて半年間、信頼する仲間とともに日夜真剣に準備に取り組んだ事を覚えている。私は前年12月、日本卓球協会専務理事(早大OB)から中国卓球選手団がその頃訪日するとの情報を掴んでいたが、それまで北関東では未開催だったためか、成功は間違いなしと自信めいたものを密かに心に抱いていた。私は何としても実現したかったのだ。結果、入場券は開催10日前に完売、この足利大会は公式戦としてNHK総合テレビ(解説・元世界チャンピオン荻村伊智朗)で2時間の生中継、また、日本男子が5-4で珍しく勝利し、日本卓球界や足利市民の間でビッグニュースとなった。この直後の7月、町田助役を団長とする第1次日中友好足利市各界代表訪中団が北京を訪問した際、この時の中国選手団幹部がレセプションに同席し歓迎してくれた、と聞き及び嬉しかった。その後、足利は中国の済寧市(曲阜・孔子生誕地)と友好都市締結に至っている。
 なお、日中交歓卓球大会の開催を契機に、日本体育協会並びに日本卓球協会と足利との信頼関係は深まり、翌々年の栃の葉国体(足利ではレスリング・ラグビー・卓球競技、炬火リレー、八木節等集団演技)は成功裏に終了する事ができたのである。
 今回のアジア大会の観戦によって私は、過去の地方における“ピンポン外交”の一端を思い出す事ができた。当時は警察をはじめとする関係機関に対し、中国や日本選手団のメンバー・滞在スケジュール・ホテルの部屋割・関係者一覧表などを提出する等、緊張の連続の中で行われたものだった。これも私にとっては“人生の1ページ”と言える出来事だったかもしれない。
 最近のアジア圏における我が国の政治面での国交関係は、残念ながら良好とは言えないようだ。私には解らない。日米関係を基軸とする日本ではあるが、中国、韓国、北朝鮮等との関係は一体どうなっていくのだろうか。